第28話:料理人として、俺が守りたいもの──俺の屋台は、誰のためにあるのか。
その日から、「顔出し拒否」「取材拒否」「ネット掲載なし」「SNS投稿禁止」という態度を俺は貫いた。
情報が、過度に拡散されることで、常連客への対応がおざなりになることだけは避けたかった。
常連客は、俺だけの客ではない。先代のオヤジさんの頃から、ここの味を好んでいる人たちなのだ。
彼らを裏切るわけにはいかない。裏切った料理を提供するくらいなら、一日数人しか訪れなかったあの頃に戻る方がマシだ。俺はそう考えていた。
「おすすめ、お願いしまーす」
今日も、SNSで知ったと思しき一見客が訪れた。
「はい。今日のおすすめ、あん肝ポン酢です」
俺は、今日のおすすめを提供した。たとえ一見客でも、俺は手を抜かない。
しかし、今日は、状況が異なった。
「……何これ……生臭い……」
一口食べただけで、その客は箸を置いた。ビールを流し込む。
「うわ、ビールまで、生臭くなった……何これ……」
その客は、さっさと会計を済ませると、席を立っていった。
──おや、あん肝ポン酢は苦手だったか。一言言えばよかったか。申し訳なかったな。
その時は、俺は、その程度に考えていた。
翌日。
行列が短くなっていた。
さらに翌日。
行列がなくなった。
常連客が、俺に問いかけた。
「今日は、行列がないねぇ。まぁ、俺としてはありがたいけど、なんかあったの?」
「さぁ?」俺は答えた。「まぁ、たまにはこういう日があってもいいんじゃないですかね?」
これまでが異常だっただけで、平常運転に戻っただけ。俺はそう思っていた。
行列がなくなってしばらくしたのち。
いつもの常連客が、やってきた。俺にスマホを見せる。
「どうやら、これが原因みたいだぜ」
スマホの画面には、例のグルメ系インフルエンサーの画面があった。そのコメント欄が荒れていた。
「おすすめ食べた。信じられないくらい生臭かった。あんなの提供する店のどこがいいのか理解できない」
そのコメントから始まって、この屋台への賛否両論、罵詈雑言、誹謗中傷、その他諸々が記載されていた。「SNS投稿禁止」に関しては「店主が傲慢すぎる」とも書かれていた。
「これを見て、この屋台に来ることを躊躇い始めたんだろうな。SNSっておっかないな」
俺は驚いた。SNSの効果は、プラス効果とマイナス効果で、こんなにも幅がふれるのかと。
常連客は「あん肝の美味しさがわからない奴は、そもそもこの屋台にくるな、って話だよ」と呟いた。
「冷やかし目的の一見客が減るんなら、俺たちにとってはありがたいことだけれどもね」別の常連が続いた。
「すいません。色々と気を遣わせちゃって。ご迷惑おかけしました」俺は、常連客に頭を下げたのだった。
それから、以前より、客足は減った。行列は発生しなくなった。しかし、常連客は、逆に増えていった。
「彼らのために、包丁を振るおう」
俺はそう、決意するのだった。
次回予告:
ホテルの元・同僚が屋台を訪れた。彼は、店主が俺であることを知らなかった。
出された一品に、驚いて、彼は顔を上げる。




