第23話:常連客が語る、この屋台の価値。
今日の仕事が終わった。男はいそいそと、帰宅準備をする。
「お先に失礼します」と、カバンを持って男は会社を出た。
男は、家に直行せず、会社近くの大通り、そこの路地裏へと足を向けた。
そこには、知る人ぞ知る「屋台」があった。
男は、随分前から、そこに通っていた。お酒も肴もリーズナブル。それでいて、その両方が絶品。
男にとって、その屋台は、仕事の疲れを癒す、オアシスであった。
「やってるかい?」男は暖簾をあげた。
「いらっしゃいませ。今日は随分とお早いですね」店主の声が聞こえてきた。
先代から、つい最近、この屋台を引き継いだ新しい店主。先代同様、美味い肴を出す腕前だった。
「今日は、祝い酒さ。ようやっと大きな契約がまとまったんでね」
「それはめでたいですね。でも、こんな屋台での祝杯でいいんですか?」
「お高い店で堅苦しく祝うよりも、ここの一皿で締める方が、よっぽど贅沢なんだよ、俺にとってはね」
そう言って、男はいつものように注文した。
「日本酒を燗で。あとおすすめを。今日のおすすめはなんだい?」
「今日は、いいメバルとヒラメが入ったんで、それのお造り、ですね」
「いいねぇ。熱燗に合いそうだ。それをお願いするよ」
男は、おしぼりで手と顔を拭うと、酒と料理を待つのだった。
別の男がやってきた。「久しぶり。とりあえず、ビール。あとは……」
「今日のおすすめは、メバルとヒラメのお造りですが……ビールなら、揚げ物にでもしますか?」
店主がおすすめを伝える。男はその言葉に答えた。
「いや、おすすめをいただくよ。その前に、まずはビールをくれ」
「はい。ビールとおすすめですね。少々お待ちください」
「……しかし、店主、相変わらず、堅苦しいねぇ。『はいよ、ビールね』くらいの対応でいいんだよ」
「すいません。どうしても、癖が抜けなくて……」
店主は、男にビール瓶とグラスを渡した。
「……よっぽど、いいところで働いていたんだねぇ。屋台じゃ丁寧すぎるよ」
男はグラスにビールを注ぎつつ、店主に言った。
「まぁまぁ」先に来ていた男が口を開く。
「余計な詮索は野暮ってもんだ。美味い酒と、美味い肴が出てくる。それで十分だろ」
「……それもそうだな。すまんね、店主。さっきの言葉は忘れてくれ」
そう言って、男はグラスのビールを一気にあおるのだった。
「仕事明けの、この一杯が溜まらないねぇ」男が満足げに呟く。
「今日も、一日、お仕事お疲れ様でした」
店主は、そっと、二人に、今日のおすすめを、差し出すのだった。
次回予告:
予想外の事態。SNSによる宣伝効果は、俺を混乱させた。




