第22話:婚約者が初めて感じた「後悔」。
――おかしいわね。
高層マンションの一部屋――新社長の部屋――で、元・婚約者は、違和感を覚えていた。
――あの男、こんなに「能無し」だったかしら?社長になった頃の覇気が、今ではあまり感じられないわ……
元・婚約者は、彼の「野心の高さ」と、それに相応しい「能力」に惹かれたのである。それは、前総料理長であったあの男から離別することを決意させるほどに、強烈なものだった。
その覇気が、今の彼からは感じられなくなっていた。むしろ、「自分の思い通りにいかない」焦りばかりを、彼女に向けるようになっていた。
もっと、泰然自若として、事に当たればいいのに。短期的な下落を一々気にしては、最終的なゴールに到達する前に、方向性を見失ってしまう。
そのことを、彼に告げるべきか、彼が気づくまで放っておくべきか。彼女は悩んでいた。
覇気があった頃の彼なら、それに気づかないわけがない。それだけの才覚が彼にはあった。あったはずだった。
――さて、私は、どうしたらいいかしらね……
高層マンションの一部屋から、海辺を眺めつつ、彼女はタバコを吹かすのだった。
――そういえば、あの男は「タバコは体に悪い。料理の味もわからなくなるからやめろ」とか言ってたっけ……
ふと、彼女は昔のことを思い出していた。
あの男の作った料理。温かくて、ホッとする。そんな料理だった。あのホテルのレストランで食べた味は格別だった。
それが、今はどうだろう。あのホテルの料理に、そんな気持ちを感じることはなくなっていた。
――私も、疲れているのかしら……今更、あの男のことを思い出すなんて……
彼女は、もう一口、タバコを吹かすのだった。
次回予告:
常連客の日常。彼の日常に、その屋台は存在していた。




