第20話:俺がいなくなった厨房で、何が起きていたのか。
ホテルでは、会議が行われていた。そこには、社長と、総料理長の姿があった。
「……ホテルの料理に関して、クレームが増えている。理由を説明できるかね?総料理長」
社長の冷たい声が響いた。
ホテルの料理にクレームが届き始めると同時に、ホテルの訪問客数も減ってきていたのだった。
「……正直に申し上げてよろしいですか?」総料理長の言葉は震えていた。
「構わんよ。むしろ、誤魔化されると、根本的な解決にならない。正直に言いたまえ」
社長は告げた。
総料理長はその言葉に、意を決した。
「仕入れ食材の質が落ちています。また、AIスープやカット野菜が、逆に、料理の味を落としています。また、この時期独特の、微妙な寒暖差による味の修正を出来る者が、今の厨房にはほとんどいません」
「……今までは出来ていたのに?なぜ、出来なくなった?」
「料理人の修行を、育成を、『非効率』として排除してしまったからです」総料理長は言った。その声はか細かった。それでも、総料理長は言葉を継いだ。
「前総料理長であれば、厨房の全員に、徹底してそれを叩き込んでいたでしょう。それがなくなった結果、『どう調整すれば良いのか』を覚える機会が失われたのです」
「君には、それを他の人間に教育する能力はないと?」
社長は冷たく問い詰めた。
「それを任せられるから、君を総料理長にしたのだと思ったのだが?」
「……それは……」総料理長は口ごもった。
「そもそも調整が必要? AIのレシピ通りにやれば、常に100点の味が出るはずだ。寒暖差などという『主観』を料理に持ち込むから失敗するんだ」社長は言い放った。
「……今からでもいい。君の力で厨房を修正したまえ。仕入れ食材の件は、こちらで確認し、元のクオリティに戻すよう働きかける」
社長の言葉は、相変わらず、冷徹なままだった。
総料理長は、顔をこわばらせて、会議室を後にしたのだった。
「……あんたの肴は、塩加減が絶妙だねぇ」常連客が言った。
「何か、コツとか、あるんかい?」
「季節柄、この時期は、食べる側の味覚が安定しないんですよ」俺は答えた。「天候とか温度とか湿度とか、その日によってコロコロ変わりますからね。それを感じ取って、その日ごとに、塩加減や味を調整するんですよ」
「へぇ、覚えるのはなかなかに大変そうだな」客は感嘆していた。
「そうですね。私も、師匠に怒られながら、なんとか会得しました。それでも、まだまだ、修行中、ですけどね」
そう言って、俺は、客の前に肴を出したのだった。
客は、いつものように一口つまむと、日本酒をあおる。
「今日も美味いねぇ。先代と良い勝負してるよ」
「いえいえ、私なんて、オヤジさんと比べたら、まだまだです」
――完成したレシピなんてものは、存在しない。客が『美味い』と思った瞬間が、その日の完成形なんだ。今日、成功しても、明日はわからない。日々修行なんだ。
俺はそう自分に言い聞かせるのだった。
屋台の夜は、今日も更けていった。
次回予告:
ホテル経営の悪化。思い通りにいかない社長の怒りがこだまする。




