第19話:あのホテルの噂が、耳に届き始めた夜。
今日も、屋台は賑わっていた。
常連客の会話を聞きながら、俺は、酒と魚の準備をする。
オヤジさんに任された当初、全く客が来なかった時期が嘘のようだった。
この人たちの悲しむ姿は見たくない。そう俺は思っていた。
「……でさ、あのホテルなんだけれど……」
常連客の言葉が耳に届いた。聞き覚えのあるホテルの名前だった。放逐されて、まだ半年も経っていない。あのホテルの話だった。俺は思わず耳をそばだてる。
「この間行ったら、接客も何もかも、質が落ちててさ。ガッカリしたよ。うちのお客さんに勧めたんだけどさ、『随分と品質の悪いホテルだったよ』って、怒られちゃったんだ」
常連客の言葉は続いた。
「なんでも、料理の質がダメだったそうだ。あのホテル、料理だけは上位レベルだ、って評判だったのにな」
「へぇ」常連客の相方が話を継いだ。「あのホテル、レストランの評判は良かったのに。味が落ちたんですか」
「そうらしいよ。時間があったら確認しにいくつもりさ。質が落ちたんなら、お客さんに紹介するホテルを変えなきゃならんしね」
そう言って、常連客は、お酒を飲み干した。
「日本酒、もう一杯頼むよ」常連客は、俺に告げた。
「はい、日本酒、おかわりですね」
俺は、日本酒を準備した。
――弟は、新社長は、何をしているんだ。「効率」で、ホテルの格式を上げるんじゃなかったのかよ……
「はい。日本酒のおかわりです」
常連客に、日本酒を差し出す。
常連客は、お酒を受け取ると、一口飲んだ。
「……ここは、先代から代わって、メニューも変わったけれど、変わらず美味いから、安心して来れるよ。今度、うちのお客さんを連れてきても構わんかい?」
「それはありがたいお話です。その時は、腕によりをかけておもてなしさせていただきます」
「そいつはありがたい。その時はよろしく頼むよ」常連客は上機嫌に笑うのだった。
その言葉とは裏腹に、俺は、あのホテルのことが気になっていた。
俺を放逐したホテルである。同情する必要なんて一ミリもなかった。未練もなかった。なかったはずだが、「料理の質の低下」の噂は、俺の心をざわつかせた。
新社長は、元・副料理長は、いったい何をしているのかと。そう思わずにはいられなかったのだ。
次回予告:
ホテルの会議室。
社長は、改めて、経営方針を告げるのだった。




