第28話:聖獣テオのお手柄! 伝説の「月光花」と国宝級ラボ
キュウ、と鳴った白銀の毛玉が、私の白衣の裾をふたたび小さく引いた。
つぶらな琥珀の瞳をきらめかせ、ふさふさとした尾を左右に揺らす聖獣ルナフェンリルの仔、テオ。
窓枠へとひらりと跳び乗り、首をめぐらせては「早く、早く」とせかすように鳴く姿は、遊びに誘う愛玩犬のそれではない。確固たる意志と、己の恩人へ贈るべき至高の獲物を見定めた獣の誇りに満ちていた。
「テオ……本当に行く気なのね?」
「わふん!」
力強い返礼とともに、小さな前足が窓枠の石をトンと叩く。
その視線の先にあるのは、城壁の向こうに連なる北方霊峰――万年雪に閉ざされ、年間を通じて人を寄せつけぬ極限の原生林「氷霧の森」の、さらに奥深き前人未到の稜線だった。
「待て。軽装で行くなど論外だ」
背後から響いたのは、鋼を擦り合わせたような冷徹で、ひどく過保護な声音だった。
振り返るまでもなく、漆黒の毛皮外套を羽織ったジルヴェスタ様が、眉間に深い縦じわを刻んで立っていた。
腰には漆黒の大剣、両手には防寒用の黒革手袋。すでにいつでも魔獣の群れを両断できる完全武装である。
「ジルヴェスタ様、まだお昼前ですよ? そんな物々しい格好で……」
「相手は神話に謳われる聖獣の導きだ。何が潜んでいるか分からん未踏峰の奥地に、お前を一人、あるいはあの駄犬一匹と行かせるわけがなかろう。私が自ら全軍の精鋭を率いて護衛する」
「テオは駄犬じゃありません、立派な聖獣です! それに全軍なんて引き連れていったら雪崩が起きます!」
「ならば私と、カイエン、バルツ、そして選抜した手練れ五名のみだ。これ以上は一歩も譲らん。……お前に万が一のことがあれば、私はこの領地ごと世界を焼き尽くしかねんからな」
「さらりと物騒な告白を混ぜないでください!」
呆れつつも、その過剰なまでの庇護欲が本気であることは、紫の瞳の真剣さを見れば痛いほど伝わってきた。
結局、私の往診鞄と生薬採取トランクをバルツが軽々と担ぎ、カイエンが天候と防寒装備の最終点検を行い、オットー先生が「師匠のお供を!」と騒ぐのを「留守中の薬局の番をしなさい」と宥めて城に残し、私たちは厳重極まりない陣容で裏山の深奥へと足を踏み入れることとなった。
◇
ザッ、ザッ、と雪を踏みしめる乾いた音が、静まり返った針葉樹の森に響く。
高度が上がるにつれ、樹木は氷の鎧をまとった樹氷へと変わり、吹き抜ける風の冷たさは刃のように肌を切り裂いてきた。
普通の人間であれば数分で呼吸器を痛め、低体温症で倒れてもおかしくない極寒の環境。だが、私の首元にはジルヴェスタ様が直々に巻きつけてくれた極上の白狐の襟巻きがあり、懐にはショウガの辛味成分ジンゲロールを濃縮して固めた生薬飴を忍ばせている。舌下でゆっくり溶かすことで、末梢血管が拡張し、体幹の深部体温がしっかりと保たれていた。
「エレナ、寒くはないか。手が冷えてはいないか」
「大丈夫です、ジルヴェスタ様。さっきから五分おきに同じことを聞いていらっしゃいますよ」
「……お前の肌は薄い。冷え切ってからでは遅いのだ」
不服そうに唇を引き結びながらも、ジルヴェスタ様は分厚い手袋越しに私の右手をぎゅっと握りしめて離そうとしない。
歩きにくくて仕方がないのだが、手を振り解こうとすると大型犬のように悲しげな眼差しを向けてくるので、諦めてそのまま繋がせておく。
後ろを歩くバルツが「ヒューヒュー、旦那はお熱いねえ」と冷やかし、カイエンが「バルツ、無駄口を叩くと舌の筋肉を凍傷で切除することになりますよ」と眼鏡の奥を冷たく光らせる。いつもの騒がしい道中だった。
「きゅぅん!」
先頭を軽快に跳ねていたテオが、ふいに立ち止まった。
見上げれば、垂直に切り立った巨大な氷壁。
吹雪が何層にもわたって凍りつき、まるで青白い水晶を積み上げたかのような絶壁の根元に、大人が一人ようやく屈んで通れるほどの、細い裂け目がぽっかりと口を開けていた。
「……ここか?」
ジルヴェスタ様が鋭い視線で周囲の気配を探る。魔獣の痕跡はない。
テオはふさふさの尾を振ると、迷うことなくその暗い氷の裂け目へと身を滑り込ませた。
私たちは顔を見合わせ、身をかがめてその後に続いた。
足を踏み入れた瞬間、外界の猛烈な風音がピタリと途絶えた。
洞窟の内部は、外気よりもむしろ不思議なほど温かく、空気は清らかに澄み渡っていた。
氷の壁面が、私たちの足音を吸い込んで静寂を保っている。
そして――曲がりくねった氷の回廊を抜けた、その先。
「……っ……あ……」
私の喉から、言葉にならない息が漏れ出た。
背後で、バルツが息を呑み、カイエンの足が止まり、ジルヴェスタ様の手が私の手を強く握り締める。
そこは、天井の氷の亀裂から差し込む淡い陽光に照らされた、巨大なドーム状の氷底空洞だった。
氷壁を伝って落ちる清水が、中央の小さな泉を満たし、その周囲を取り囲むようにして――。
一面に、白銀と青碧の光の絨毯が広がっていた。
植物だった。
純白の氷柱のような細い茎の先に、透き通るような白磁の花弁が重なり合い、その花芯からは、まるで満月の光をそのまま閉じ込めたかのような、神秘的で柔らかな青白い燐光が、呼吸をするように明滅していた。
一輪ではない。
十輪、百輪、千輪――見渡す限りの氷の洞窟の底を、息を呑むほどに美しい青白い光の海が埋め尽くしていたのだ。
「な……んだ、これは……? 花が……光ってやがる……」
バルツが呆然と呟く。
だが、私の目は、その美しさの向こうにある「真実」を、すでに捉えて離さなかった。
私の固有スキル「成分鑑定」が、視界を埋め尽くす光の粒子を浴びて、かつてないほどの激しい共鳴を起こしていた。
脳内に流れ込んでくる、圧倒的な生化学的データの濁流。
不純物、ゼロ。
重金属毒性、ゼロ。
魔力残渣による細胞毒性、ゼロ。
そして――生体膜をいとも容易く透過し、細胞内の受容体へと寸分の狂いもなく適合する、極めて純度の高い高分子配糖体とフラボノイド誘導体の完璧な配列。
「……嘘……でしょう……?」
私は震える足で一歩前へ進み、湿り気を帯びた苔の敷布の上に膝をついた。
目の前に咲く、一輪の光る花。
その花弁の形状、葉の葉脈、独特の甘やかで清冽な芳香。
前世の医学書ではない。今世、王立薬草院の地下深く、厳重に二重施錠された最高機密書庫の古文書に、色褪せた挿絵とともに記されていた――伝説の幻影。
「……王立薬草院の創設期、建国の祖が一度だけ北方の霊峰で発見し、そのあまりの薬効の凄まじさに『神の涙』と称された……幻の国宝生薬……『月光花』……!?」
「月光花だと……!?」
背後から近づいてきたカイエンが、珍しく目を見張り、銀縁眼鏡を取り落としそうになりながら声を上擦らせた。
「王都の最高級オークションで、わずか乾燥花弁一枚が金貨数百枚で取引され、一輪丸ごとであれば豪奢な城館が建つと言われる、あの伝説の花か……!? 書物の中だけの架空の植物だとばかり思っていたが……まさか、これほどの大群生地が存在していたとは……!」
「ええ、架空なんかじゃない……本物よ。それも、王都に伝わる標本なんかとは比較にならないほど、完璧な自生状態……!」
私の指先が、震えながら花弁のすぐ傍らに伸びた。
触れずとも伝わってくる、清冽な生体エネルギー。
これこそが、私が前世から追い求め、そしてこの異世界で最も渇望していた「理想の薬理構造」そのものだった。
「ジルヴェスタ様、カイエン副団長、聞いてください!」
私は立ち上がり、興奮のあまり紅潮した顔で二人を振り返った。
「王都のユルゲンたちが作っている高濃度ポーションの致命的な欠陥は、何だったと思いますか!? それは『魔力による暴力的な細胞破壊』と、それに対する生体の『拒絶反応』です!」
私の専門的な解説に、ジルヴェスタ様が真剣な眼差しで頷く。
「強い魔力を持ったポーションを流し込めば、生体はそれを『異物』『外敵』と判断して免疫系が過剰防衛を起こし、アナフィラキシーや組織の炎症を招く。さらに、分子構造が粗雑で生体膜を通過できないため、血管や細胞の表面を無理やり魔力で焼き切って縫合するしかなかった……! だからこそ、内臓が爛れ、激痛と吐血を伴う劇薬にしかならなかったのです!」
私は足元の月光花を、慈しむように指し示した。
「でも、この月光花は真逆です! 薬効成分の『バイオアベイラビリティ(生体内利用率)』――すなわち、投与された有効成分が分解されずに全身の循環系に到達し、標的となる組織の細胞膜を通過して作用する割合が、ほぼ百パーセントに達しているのです!」
「生体内……利用率……?」
カイエンが手帳を構えながら反芻する。
「ええ! この花の成分は、魔力というオカルトなエネルギーではなく、生体が本来持っている受容体に鍵と鍵穴のようにピタリと合致する『理想的な天然リガンド』なのです! 細胞を傷つけることなく、生体本来の治癒スイッチを直接押し込む! 毒性や副作用は完全にゼロ。それでありながら、細胞の分裂・再生を促す力は、王都の最高級ポーションの数十倍……! これがあれば、どんな重篤な内臓疾患も、皮膚の壊死も、神経の麻痺すらも、患者に一切の苦痛を与えることなく、完全に治癒させることができるわ!」
科学と自然が調和した、真の「奇跡」。
力尽くで身体をねじ伏せるのではない。
人体が本来持っている自己治癒力を、副作用ゼロで極限まで目覚めさせる、医学の究極の到達点。
「きゅぅん、わふっ!」
私の熱烈な講義を聞いていたテオが、誇らしげに小さな胸を張り、私の足元にスリスリと頬を擦り寄せてきた。
銀色のふさふさした尾をちぎれんばかりに振り、「どうだ、すごいだろう!」と全身で誇示している。
「テオ……! あなたが、これを私に見せるために連れてきてくれたのね……!?」
私がしゃがみ込んで抱きしめると、テオは「きゅるるるっ」と喉をゴロゴロ鳴らし、私の頬をピンク色の舌でペロペロと舐め回した。
以前、高熱で倒れていたところを、私がオレンジ味の服薬ゼリーで救ったあの小さな命。
その小さな恩返しが、いま、世界を揺るがす途方もない宝物を私の手元にもたらしてくれたのだ。
「テオ、あなた本当に凄い子よ! 大金星どころの騒ぎじゃないわ! 城に帰ったら、最高級の赤身肉のステーキと、採れたて果実の特製服薬ゼリーを特大盛りでご馳走してあげるからね!」
「わふんっ! わふんっ!」
ご馳走の約束に、テオは嬉しそうに私の腕の中で一回転して飛び跳ねた。
その愛らしい姿に、バルツが「くそっ、あの毛玉野郎、完全に美味いとこ持っていきやがった!」と悔しそうに笑い、洞窟内に温かな笑い声が満ちる。
――だが。
そんな和やかな空気の中、一人の男だけは、全く別の気迫をその身に宿していた。
「……全軍に告ぐ」
ジルヴェスタ様の低く、地を揺るがすような声が響いた。
男は抜剣こそしなかったものの、その紫の双眸には、領地を守る絶対君主としての覇気と、冷徹なまでの決意が満ち満ちていた。
「直ちにこの洞窟の周囲三里を『第一級軍事機密・絶対防衛保護区』に指定する。第一部隊から選抜した三個小隊を常駐させ、外部からの侵入者を完全に遮断せよ。無断で足を踏み入れた者は、たとえ王家の使者であろうと即座に拘束、抵抗すればその場で斬首を許可する」
「ハッ!」
カイエンが直立不動で敬礼する。
ジルヴェスタ様の判断は、軍事・政治の観点から見てあまりにも正当だった。
一輪で城が建つ幻の国宝生薬が、これほどの規模で群生しているのだ。もし王都の腐敗貴族や悪徳錬金術師どもに知られれば、大軍を送り込んで強奪し、山ごと焼き尽くしてでも利権を独占しようとするに違いない。
この奇跡の花園は、エレナの清らかな医学のためだけに守られなければならないのだ。
「エレナ」
命令を下し終えたジルヴェスタ様が、ゆっくりと私の前へと歩み寄ってきた。
男は手袋を外し、私の手を取ると、愛おしげにその甲へと自らの額をそっと押し当てた。
熱い男の呼気が、私の皮膚をくすぐる。
「……お前は、本当に……この過酷な北方の地に、どれほどの奇跡をもたらせば気が済むのだ」
「ジルヴェスタ様……?」
「花よりも眩しく目を輝かせ、人命を救うことだけを考えて笑うお前の姿を見ていると……胸が締め付けられるほどに愛おしく、そして誇らしい。……この花も、この大地も、私の命も、すべてはお前のためにある」
至近距離から注がれる、狂おしいほどの熱情。
いつもなら「またそんな大袈裟なことを」と笑い飛ばすところだが、男の瞳の奥にある底知れぬ誠実さに、私の心臓がドクンと音を立てて跳ね上がった。
カアッと頬が熱くなるのを隠すように、私は慌てて採取用の麻袋とピンセットを構え直した。
「も、もう! 口説いている暇があるなら、採取を手伝ってください! 根を傷つけないように、外側の成熟した花弁と種子だけを慎重に採取するのですからね!」
「ああ、お前の命じる通りにしよう」
ジルヴェスタ様は柔らかく目を細め、私の隣に膝をついて、不器用ながらも丁寧に花弁の採取を手伝ってくれたのだった。
◇
城へと帰還した後の研究室は、まさに新時代の幕開けのお祭り騒ぎだった。
「師匠! こ、これが……これが本物の月光花でございますかッ!?」
採取してきた青白く発光する花弁を目にした瞬間、老侍医オットーは白目を剥いて卒倒しかけ、床に這いつくばって花を拝み倒した。
そして、副団長カイエンが特注で設えてくれた最新鋭の設備が、いま最高潮の真価を発揮し始めたのだ。
新設された白大理石の実験台。
王都から運び込ませた最高純度の水晶硝子製・減圧低温蒸留器。
温水パイプによって室温と湿度が完璧にコントロールされた、屋上テラスの巨大温室。
「オットー先生、蒸留器の減圧ポンプを回しなさい! 気圧を〇・三気圧まで下げ、沸点を四十度まで落とすのよ! 熱に弱い月光花の有効フラボノイドを一切熱変性させずに抽出します!」
「ハ、ハッ! 減圧蒸留、開始いたしますぞッ!」
「バルツ、温室の南側の特等席に腐葉土と火山灰を黄金比で敷き詰めなさい! 採取してきた月光花の地下茎を移植するわ! テオ、土壌の冷却魔力はあなたの担当よ!」
「おうよ! 土運びなら任せとけ!」
「わふんっ!」
蒸留器のガラス管を、淡いエメラルドグリーンの蒸気がゆらゆらと昇っていく。
冷却管を通って凝縮された雫が、ポタリ、ポタリと、受器のフラスコへと滴り落ちる。
その液体は――ランプの光を吸い込んで、息を呑むほどに澄み切った青白色の燐光を放ち、部屋中をどこまでも優しく清らかな芳香で満たしていった。
比重計の針が示す値は、理論値通りの完璧な純度。
固有スキル「成分鑑定」で見届ける抽出液の分子構造は、傷一つなく、生体膜を瞬時に通過する準備を整えていた。
「……成功だわ……!」
私はフラスコを両手で掲げ、歓喜の声を上げた。
手に入れたのだ。
どんな劇薬ポーションも足元に及ばない、副作用ゼロで人体の治癒力を極限まで覚醒させる、至高の「月光花エキス」。
この抽出液と自生ハーブを組み合わせれば、神経痛の特効薬も、皮膚の完全再生軟膏も、内臓の重篤な炎症を鎮める解毒薬も、すべてが自由自在に調合可能となる。
カイエンが特注してくれたこの研究室は、今や王都の王立薬草院を遥かに凌駕する、名実ともに大陸最高峰の「国宝級薬学ラボ」へと進化を遂げていた。
「ふふっ……やったわ、テオ!」
私がフラスコを遮光箱に大切に収め、誇らしげに胸を張ると、足元で丸くなっていたテオが「くぅん」と甘えたように前足に擦り寄ってきた。
気づけば、窓の外はすっかり深い夜の帳に包まれていた。
朝から山を登り、帰還後は夢中になって蒸留と分析に没頭していたため、心地よい疲労感がどっと全身の筋肉を弛緩させていく。
「ふぁぁ……さすがに、ちょっと集中しすぎちゃったかしら……」
私が白衣の袖をほどき、大きく伸びをした、その時だった。
トントン。
静寂の研究室に、控えめなノックの音が響いた。
開かれた扉の前に立っていたのは――執務服を少し着崩し、上着の襟元をわずかに緩めたジルヴェスタ様だった。
手には、二枚の分厚い毛皮の外套が抱えられている。
「……ジルヴェスタ様? まだ起きていらっしゃったのですか?」
「ああ。お前の部屋の明かりが消えなかったのでな。……分析は、一段落したのか?」
「はい! 完璧です! 有効成分の抽出率も純度も、予想を遥かに超える素晴らしい結果が出ました!」
私が目を輝かせて報告すると、ジルヴェスタ様は切れ長の目元をふっと緩め、心底愛おしそうに口元を綻ばせた。
そして、私の前に歩み寄ると、抱えていた白狐の毛皮外套を、私の肩へとふわりと優しく羽織らせてくれたのだ。
「よく頑張ったな、私の誇らしい主治医殿。……だが、少し根を詰めすぎだ。頬が少し熱を帯びている」
「あ……えへへ、夢中になっちゃって……」
至近距離から見つめられ、気恥ずかしさに視線を泳がせる私。
そんな私の顔をじっと見つめていたジルヴェスタ様は、ふいに窓の外――満天の星が瞬く夜空へと視線を向け、静かに、だがどこか微かな緊張を孕んだ声で告げた。
「エレナ。……少し、夜風に当たらないか」
「え……? 夜風、ですか?」
「城の最上階のテラスだ。今夜は風もなく、星が驚くほど近い。……お前と二人きりで、静かに話がしたい」
低く、深く、耳朶を蕩かすような男の声音。
その紫の双眸に宿っていたのは、領主としての威厳ではなく――一人の男としての、隠しようもない甘やかな誘いだった。




