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昨日の敵は今日の嫁  作者: 梅干し
昨日の嫁は今日の敵
13/13

10.やっぱりお前は俺の嫁。

 ジン班が、それに気づいた時には既に五人が“死人”になった後だった。

 こちらも目くらましの術を使用していたが、向こうの方がその類は上手だったのだろう。突如現れた二十名ほどの隙の無い動きをする団体に班員たちはパニックに陥りかける。


「陣形・九! 焦るないつものお前らならやれる!」


 ジンの一声で落ち着きを取り戻した班員たちは、素早く回復役を囲むように円形になる。

 回復役の周りに位置する後衛が前衛をサポートしながら攻撃魔術を放つ。更にその周りに位置する前衛が攻撃をその身を挺して受け止め隙あらば反撃をする。そんな前衛を回復役がひたすら回復する、という簡単に言えば肉壁がんばれ超がんばれ隊形である。

 この隊形になると、敵の数を減らしづらく持久戦になってしまうのが難点だが、滅多な事では“死人”が出ないのが利点だ。

 ひとまずは耐えられるだろうとジンはこの場を仲間に任せ、腕部に備え付けられている地図を表示し現在地点を確認する。


 ――北北西2ー10か。確か、3ー10にオペリアが凶悪な罠を設置していたはず。


『陣形を保ったまま、3ー10にヤツらを誘導する。着くと同時に散開、オペリアの罠に巻き込まれないよう注意しろ』


 通信を通し指示を出す。だが、円形のまま移動するのは困難で、思うように進まない。

 ジンは全体のサポートをしつつ、足どめのために術符を消費していく。


 ――ちっ。もう半分しか残ってねぇ。


 それでもまだ百枚は残っている。班員たちの約二倍分である。それだけでシエル討伐にかける執念が窺えるというもの。ウーパールーパーになっていても、ジンはジンであるという事だ。

 三十分強の時間をかけ、ようやく目的地点に辿り着こうとしていた。その時、敵側から激しい光が放たれる。不意の事で防御ができず、ジン班は激しい光に目を焼かれてしまった。

 目が効かなくなったジン班の上から、数人が円の中心に飛び込んできた。まず、目を回復させようとしていた回復役が二人とも倒される。ジンは自分で回復したため攻撃を避けれたが、回復魔術が使えない班員が次々と倒れていく。

 このままでは全滅してしまう。危機感を感じたジンは、未だシエルと対峙していないにも関わらず、大量の術符を一気に消費した。


 まず、眼鏡型の魔具を発動させた。次に生き残っている人数分の被魔術増加の術符を二度発動させ、しっぺが痛くないくらいの結界の術符を発動させた。すると、軽い効果であったはずの結界は巨人に踏まれても耐えられるほどの強度となって発動された。

 最初に発動させた眼鏡型魔具に入っている術式こそ、オペリアにジンは普通ではないと認識させた原因であり、魔力量が少ないジンがシエルの暴走を止められる理由でもある。

 使用する魔術の効果の大幅な増加。言葉にするのは簡単だが、その術式は研究者たちにとって夢であり、超えられない壁であった。それを、当時たった十四歳の少年が開発したのだ。

 それはもう凄い勢いで持て囃されたが、少年にとっては周りからの甘言などどうでも良かった。幼なじみの少女がギャフンと言いながらソウルフル土下座をする姿が見たい、少年の思考はただそれだけで占められていたのだ。

 そんな少年が、少女に辿り着くまでに倒れてしまう事などあるだろうか。いや、ない。

 例え“死人”になろうとも、気合でゾンビとなり少女の元に辿り着く。それが、ジン=バースという粘着質な男なのである。


「命は真実を照らし、私は其れを見るだろう」


 広範囲に届くようになる効果の術符を発動させた後、腕時計型魔具に入っている回復魔術を発動させる。視力が回復した班員たちは既に八人しかいない事を素早く確認し、ジンの指示がなくとも少人数用の陣形になった。同時に、偵察に出ていた二名が合流する。

 戻って来た二名が撹乱させるように敵の間を飛び回り、ジンは全体の防御に専念し、残りの班員は慎重に敵を減らしていく。そうやってジリジリと後退し、ついに3-10に入る。


「散開!!」


 号令と同時に、班員たちは中心を避けるように四方に散らばった。追いかけて来た敵の集団はその勢いのまま3-10に踏み入り――



 ガグォオオオオン!!



 大地が割れた。

 直後、大量の魔虫がどこからともなく出現し、割れた大地へと降り注ぐ。

 小さくグロテスクな虫が大量に覆いかぶさるだけでも叫びたくなるのに、魔虫は耳障りな鳴き声を上げながら牙を向き、触手をうねらせ、落ちた人間たちを地獄へと誘っていく。


「えぐい……」


 誰かが呟いた。それは誰かの声なのか、それとも自分の心の声だったのか、ジン班の面々には分からなかった……。

 遠くから耳を塞ぎたくなるような断末魔が聞こえてきたのは、そのすぐ後だった。


「アッチは確かキャンプ会場……!? まだ変なヤツらがいるのかもしれない。皆、行けるか?」

「はんっ、野暮な事聞くんじゃねぇよ!」

「俺らが行かずして誰が行く!」

「死なば諸共……。行こうぜ、俺たちの終焉のカーニバルへ……!!」

「ふふ。本当バカなヤツらだな……。そんなバカだからこそ、背中を預けられるってもんだ……。皆! 行くぞ!!」


 今のお前ら……、輝いてるぜ……。

 去って行くジンたちの背中を、“死人”になって見ているしかできなかった班員たちは、彼らを眩しそうに見送ったのだった。



 五分ほど走った先の場所で、怪しげな集団を見つける。

 ジンは眼鏡型魔具を発動させ、最後の目くらましの術符を使用した。効果が増加されているため、一歩分くらいまで近づかないと仲間の姿さえ視認できないが、先に指示を出しているので問題なくジン班は動く。

 川の方に集中している集団の後ろに時限式魔術を設置し、それが爆発すると同時に一斉に襲いかかった。効果が増加された目くらましの術の解除は時間がかかる。敵集団がやっとジン班の姿を捉えた時には、三十人ほどいた集団が後十人ほどにまで減った時だった。


「ジン! ここは俺たちだけで十分だ! お前はシエルさんの所に行け!」

「しかしまだ……!!」

「行けよ! 行って漢を魅せて来い!!」

「お、お前たち……」


 熱いノリはまだ続いていたようだ。ジンは場酔いして涙を滲ませる。


「骨は拾ってやるからな!!」


 班員たちのサムズアップを背に、ジンは川へと走り出した。

 すぐに倒れているキャンプ班の姿が見えた。いらぬ心配だとは思いつつも、シエルの身を案じながら先に進む。すぐに呑気に生肉を頬ばるシエルが見えて、ホッと胸をなで下ろした。

 直後、ノインの声がジンの脳天を直撃した。



「僕と逃げるんだ!!」



 ――僕と逃げるんだ……

 ――逃げるんだ……

 ――るんだ……

 ――だ……



 ジンの頭の中でエコーをきかしながらリピートされる。そして、ノインが先日言った言葉が蘇った。



 ――ずっと一緒にいたキミを中々捨てる事ができなくて悩んでるってさ



 ウーパールーパーが降臨した。

 だがそれも一瞬で、徐々に威嚇しているエリマキトカゲのようになっていく。


 ――逃げる? 誰と? 誰が? シエルと、ノインが? 何のために? 誰から? ――俺から?


 怪しい集団に囲まれているこの状況、しかも演習中であるのに、そんな事はスコンと抜け落ちてしまったジンの思考は暴走していく。


 ――俺から? 逃げ……、逃げる!? か……っ!! かか、かかかかか駆け落ち!?


 その時、ジンの中の何かが爆ぜた。




「いくらシエルさんでも百人近い人間相手じゃキツいよ。早く逃げよう」

「ええ~。もったい無いからお肉と……ジン持ってく!」


 この後に及んでまたジンの話か。ノインは嘆息し、ジンなどこの場にいないと言おうと口を開きかけたその時――、恐ろしいまでの威圧感を感じ、反射的に防御態勢を取った。

 しかし、そこにいたのは予想していた組織の人間ではなく、不気味な様子のジン。


「なんだ、ジン君か。悪いけど対戦は……」

「ひとぉ~つ、」


 後にしてくれ、そう言おうとしたのに、何故か数を数えだしたジンに遮られてしまった。


「人の世、野生に還り」

「……は?」


 気がつけば周りは静かになっていて、サラサラと流れる川の爽やかな音に不釣合なジンのおどろおどろしい声が響く。


「ふたぁ~つ、傍若無人な迷惑三昧」

「ジン君? おーい、ジンくーん」


 ノインは必死に呼びかけるが、ゴーグルの向こうの目がちょっとイッてる事に気づき息を飲む。


「みぃ~っつ、阿呆な浮き世の獣を……」


 ゴーグルの奥の眼鏡が怪しく煌めく。


「退治できんのは俺だけだクソヤロー!!!」


 叫びながら残っている全ての術符をばら蒔いた。


「印! 伍・百・弍拾弍・八・弍拾弍・六・印!! 発!!」


 魔具で威力を増幅された術符に連携させるように口頭陣を紡ぐ。発動されたそれはまさにカオス。

 術符で作られた幾つもの落とし穴から漏れる水蒸気は赤紫色に染まり、笑いや涙を誘発させる花粉をばら蒔く花が咲き乱れている。更に召喚された風の小妖精が腹を抱えながらギャン泣きし、やたらヌメヌメしているカエルが輪唱している。

 訳も分からず展開されたカオスフィールドに、ノインは困惑する様を隠せない。更にジンが放つ言葉で混乱を極める。



「駆け落ちしてぇなら俺を倒してから行け!!」



 シエルは、そのプロポーズを確かに受け取った。



 一つ、人の世、野生に還り → 人間社会にいながら本能のままに生きる野生児シエル。

 二つ、傍若無人な迷惑三昧 → 人の話を聞かず、勝手気ままに振舞う様にいつも迷惑をかけられます。

 三つ、阿呆な浮き世の獣を → もうホント阿呆すぎて思わず世を儚んでしまいそうになるけれどその野生児と、

 退治できるのは俺だけだ → 付き合えるのは私だけです。



 ジンが言いたい事はつまりそういう事だった。駆け落ちしてしまうという勘違いに、凄まじい執着心を爆発させたのである。

 そんなジンの勇ましい姿にシエルは夢見心地になった。



 一つ、人の世、野生に還り → 素直な心で言うよ(キラッ

 二つ、傍若無人な迷惑三昧 → 自由なキミに振り回されるけど、そんなキミが素敵なんだ(キラッ

 三つ、阿呆な浮き世の獣を → 将来はちょっとアホなペット飼いたいな。アホな子ほど可愛いって言うしね(キミのようにね☆

 退治できるのは俺だけだ → ずっと一緒にいたいよ(愛羅武勇!!


 そして、極めつけのあの言葉である。



「この愛がある限り、俺は倒れない!!」



 それはフォーエバー――。つまりシエルはプロポーズされたのだ。と思った。

 かみ合ってないようで、かみ合っているようで、やっぱりかみ合ってなくもない気がする二人の心。

 シエルが乙女フィルターを発動させてウットリしている間にも、クライマックスは近づいてきていた。



「勝利を経て自由を得る!! 私は攫い奪う者と共に在る!!」


 ジンの身体を風と雷が纏う。それを見たノインは咄嗟に防御結界を強化させるが、目にも止まらぬ速さで繰り出された拳の勢いは殺しきれずに後方へ吹き飛んでしまった。

 飛ばされた先には、怪しい水蒸気を漏れさせている落とし穴。本来は嫌がらせ程度の浅い穴ができるだけなのだが、効果が増幅されたそれはノインが三人分ほどの深い穴になっていた。

 ノインは咄嗟に穴の縁に手をかける。が、穴の底から湧いている水蒸気に覆われた瞬間、ぐらりと視界が揺れ、手の力がなくなり落下してしまった。

 揺れる視界のまま身体を動かそうとしたが、片足と片手の動きが鈍い。結界を強化したのに落ちただけで何故だと思うも、すぐにジンが何かをしたのだろうという考えに至った。


「……やってくれるじゃないかジン君」


 正直、攻撃理由が分からないが、攻撃してくるなら反撃するまで。それも倍返しにしてやろうと、指輪型魔具を発動させた。


 ジンは次々と口頭陣を紡ぎながら、ノインが出てくるのを待っていた。先ほど殴ると同時に魔力拡散魔術を発動させノインの結界を弱めたが、もしノインが本当に国際魔術師一級の実力があるのならばすぐに復活するだろう。

 そんなジンの予想を裏切らず、ほんのり発光しているノインが穴から飛び出してきた。同時にジンは雷を纏った拳を突き出し、それはノインの胴へと直撃した――と思われた。捉えたと思っていたノインの身体がぐにゃり、と歪み、霞のように消えたのだ。


「光魔術か……!!」

「正解」


 背後から声が聞こえたそのすぐ後、背中に激痛が走る。すぐさま待機状態にしていたカマイタチの魔術を発動させながらノインから離れ、鈍くなってしまった全身に回復魔術をかけた。

 ノインも自身を回復させながら不敵に笑う。


「急所を突いたつもりだったんだけど。咄嗟にずらすなんてさすがだね」

「お前もだてに一級持ってる訳じゃねぇんだな」


 光魔術は単純なもの以外は制御が難しい。そこにいるのにいないように見せる事も難易度が高いが、いないのにいるように見せるという技はより難易度が高くなる。それを短時間で発動させるノインの実力はやはり高いと言えるだろう。


「だが、シエルに比べたらお前なんてミジンコだ」


 鼻で笑うように言い捨てると、ジンは待機状態にしていた魔術をまた発動させた。


 ――ウギャアアアアアアアン!!!


 ギャン泣きしていた風の小妖精の泣き声がより凄まじいものになった。

 それを聞いてしまったノインは、腹を抑えうずくまる。


「うはははっ、ははははははは!! ははははっ、僕は貝になりたいっ!! ひー……っ、ひっ!!」


 死にたいくらいネガティブになりながら、笑いも抑えられずノインはもんどりうつ。

 小妖精の声は精神に作用する。直接身体に触れなければならない精神魔術系は特殊スーツに妨害され効かないのだが、視覚と聴覚に作用するものは効く。なので、笑いと涙を誘発させる花粉は効かないのだが、花粉にやられた小妖精の声により間接的に花粉の効果を発揮したのだ。

 悶え苦しんでいるノインの腹に、ジンの容赦ない蹴りがヒットする。バウンドしながら転がった先にはまたもや落とし穴。

 防御結界をまた拡散されたノインは落ちた衝撃でダメージを受け、赤紫色の水蒸気――毒により身体を鈍らせていく。回復魔術をかけようにも、笑いすぎて引きつけを起こしているノインの口からはもはやヒューヒューという息しか出ない。

 更に上からヌメヌメしすぎているカエルが、そのヌメヌメを溢れさせノインにぶっかける。

 そして、ジンは待機状態にしていた魔術を発動させる。



 バゴォォオオオオオン!!



 凄まじい爆発音と共に青い炎が噴き上がった。


「た~まや~」


 それが恋の花火に見えたシエルは、頬を染めながら見上げたのだった。



 ◇ ◇ ◇



 高く噴き上がる青い炎を、川の向こうにいるオペリアも見ていた。


「若。全て片付けました」

「ご苦労さまぁ~。何人かはパパのとこに持って帰ってねぇ」


 ふわふわと笑うオペリアの足元には、やはり大量のモザイクがかかった何か。その中のまだマシだろうと思われる数人を、オペリアが呼び寄せた身内が抱えて去って行った。

 それを見送った後、炎を見上げながらおかしそうに笑う。


「さてぇ。どっちが勝ったかなぁ。まあ、ジンくんだろうけどぉ~」


 ノインは確かに才能はあるが、それに頼りすぎている節がある。大きな力でねじ伏せるというシエルと同じタイプだが、シエルのような圧倒的なものに慣れているジンにとってはノインの力など中途半端なものだろう。

 きっとジンのたたみかけるような小技に隙を突かれまくって泣いているに違いない。その泣きっ面を拝みに行ってやろうと、オペリアは足取りも軽く川の向こうへと向かった。



 ◇ ◇ ◇



「キミがあんな大魔術使えるなんて思わなかったよ」


 “死人”状態になったノインが、苦笑い気味に口だけを動かした。それを見下ろしながらジンは言う。


「身体強化以外は低級3レベルまでの魔術しか使ってねぇ」


 その言葉にノインは驚愕する。低級3レベルは、子供でも簡単に使えるレベルのものだからだ。それなのに、どうしてあんな威力のものになったのか。

 確か、ジンは口頭陣が得意なのだった、とノインは思い出す。威力が増幅された術符と連携させ、口頭陣で効果を調整しながらあの結果に導いたのだろう、と予想した。

 考えるだけならば簡単な事だが、緻密な計算とそれを戦いながら正確に実行できる人間は国際魔術師三級以上の者でも中々いないだろう。

 今、眼鏡を光らせながら自分を見下ろしている人間は、自分よりも確かに“強者”なのだと、ノインは認識した。だから、その言葉は自然にノインの口からこぼれ出た。


「僕の……、完敗だよ」

「まだだ」


 何が? ノインは聞きたくとも、未だ収まらないジンの威圧感に圧され聞けなかった。戸惑うノインの特殊スーツの頭部を、ジンはおもむろに外す。

 そして、とてもいい笑顔で言った。



「まだ、中身が無事だろう?」



 え、ちょっ、待っ……。もう勝負はついt……。待っ……!! あっ、あっ……


 アッーーー!!



 そんなノインの叫びを最後に、演習は終了した。



 ◇ ◇ ◇



 巡回していた教師により、不審人物(モザイク済)が発見され、急遽演習は中断した。

 結局、ジン班はまたシエル討伐を成功させられなかったが、別の決着(ノイン血祭り)はついたので、ジン班の面々は概ね満足している。

 また、今回の一連の事件は、全てノインからもたらされた勘違いだったという事にジンは気づき、シエルはジンのプロポーズ(?)で機嫌を治し、ジンとシエルのバカップルな日常は戻ってきていた。

 だが、一つ追加された要素がある。


「ジンくーん! 昨日ぶり! 会いたかったよー!」

「死ね!!」

「ああっ!! いい!! ジン君もっと!! もっと蔑んだ目で見てくれ!!」


 実は隠れマゾだったノインが、演習の時のジンの容赦ないサドっぷりにオープンマゾになって付きまとってくるのだ。


「もう! ノイン君、アッチ行ってよ!! ジンにマゾ菌ついちゃう!!」

「シエル!! ひと、人前で抱きつくなって、いいいい言ってんだろ!?」

「シエルさんこそ離れてくれないか? ジン君にバカがうつるじゃないか」

「うふふ~。今日も両手にバカで楽しそうだねジンくん~」


 ジンを取り合うシエルとノインの図を、微笑ましげにオペリアは見る。


「失敬な。僕はバカじゃないよ。マゾだ」

「オペリア、そっちの方がどうかしてると思う~」

「私はバカでいいよ! だって、ジンはちょっとバカなくらいが好きなんだもんね!?」

「はあ? 誰がいつそんな事言ったんだよ」

「えー? 演習の時に言ったじゃん。プロポーズと一緒に!!」


 ざわっ。教室がざわめいた。

(つい最近まで破局しそうだったのに)

(人が動物の糞にまみれてた時にリア充を堪能してただと? クソがっ!!)

(漢を魅せてきたんだなジン!! グッジョブ!!)

 そんな罵倒と賞賛が入り乱れる中、ジンは叫ぶ。


「ぷ、ぷぷぷプロポーズなんてしてぇよ!!」


 そりゃいつかはするかもしんねぇけど。

 そんな言葉が出かかったが、照れくさいので口をつぐみそっぽを向いた。そんな赤くなっているジンの耳に、驚愕の台詞が入ってくる。


「ふふっ、パパは照れ屋さんでちゅねぇ~」


 ざわめいていた教室が、今度は静寂に包まれた。

 ジンはからくり人形のようにギギッ、と首を動かし、愛おしげにお腹を撫でているシエルに向かって呟くように聞く。


「だ……、誰が、“パパ”だって……?」

「あれぇ? 言ってなかったっけ? ジンと私の赤ちゃんできたって」


 存じ上げません。言葉は声にならず、口だけが動いた。

 衝撃が強すぎて真っ白になっているジンに気づかず、シエルは嬉々として喋る。


「いやあ、最近おかしいなぁって思ってたの。何も食べたくなくなるし、すごい後ろ向きな事考えちゃうし、急に生肉ばっか食べたくなるし。みんな妊娠のせいだったんだねぇー」


 その言葉には、さすがのオペリアもノインも開いた口が塞がらなかった。ここ最近の落ち込み具合は、ノインなど全く関係ないと言っているようなものだったからである。

 この場にいる全員がハニワのような顔をしている中、シエルだけがニコニコとしていた。やがて、誰かがぼそっと呟いた。


「……妊娠は計画的に」


 ご利用は計画的に。そんな言葉が全員の脳裏をよぎり、直後爆発したかのような喧騒に包まれた。


「計画的にじゃねぇぞおおおおお!?」

「失敗してんじゃねぇか!!」

「ちゃんと責任は取りなさいよ!?」

「うわああああ!! クールガイがクールパパあああああ!!」

「はあああああいばあぶううううう!!」


 混乱が混乱を呼び、もはや何が言いたいのか分からなくなっていくクラスメートたち。


「おめでとぉシエルちゃん~」

「ありがとうオペリアちゃんっ」

「ひどいよジン君!! 僕というものがありながら!!」

「お前は黙れ」

「ああ、ジン君もっと!! もっと強く!!」


 ノインを踏みつけながら、ジンはシエルを見る。

 幸い、増幅術式の特許料で金はある。いつかは結婚するつもりでもいた。双方の親も、既にそのつもりでいる。

 ――少し、予定が早まっただけだ。

 お腹を撫でながら頬を染めているシエルの姿に、ジンは覚悟を決めくいっと眼鏡を上げた。


「本日はお忙しい中、私たち二人のためにお集りいただきまして、本当にありがとうございます。また、仲人様をはじめご来賓の皆様および御列席の皆様……」


 いきなり結婚式の挨拶を朗々と語りだしたジンは、やはりまだ混乱の最中にあるようだった。

 そこで終わらないのがジン班メンバーを中心にしたクラスメートたち。混乱からきた言葉を真に受け、熱いノリで講堂を猛烈な勢いで飾りつけ、両刀(針)使いの猛者が目にも止まらぬ速さでウェディングドレスを縫い上げ、こだわりの食材で料理バトルを始め、ジンが我に返ったのは神官服を着たおじいちゃん先生の前で、シエルとのキスを促されていた時だった。

 何故か両親まで涙ぐみながらいる。


 ――なにがどうしてこうなった……。


 ジンがまた現実逃避をしようとしていた時、ウェディングドレスを着たシエルが微笑んだ。


「私、ジンのお嫁さんになるんだね」


 その言葉に、ジンもまた微笑む。二年前なら、ありえない感情を持って。


「お前を嫁にできんのは俺くらいしかいねぇよ」


 あれだけ、けちょんけちょんにしたかった相手の笑顔を今は望んでいる。

 それは、自分だからこそできるのだと、やはり自意識過剰ともとれる思いを信じている。

 それは紛れもない事実であり、真実である事を、シエルの幸せそうな笑顔が物語っていた。


 そうして、二人は皆の祝福の中、愛を誓い合ったのだった。


 


これにて完結でございます。

ここまでお付き合い頂きましてありがとうございました!!

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