08
2013年 春
何年もの春を同じ姿で素通りしてきたけれど、今年の春は一番暖かいと思う。あたしは自分の首元にあるマフラーをいじりながら、そんなことを考えた。
春に出遅れたような厚手のマフラーと、夏を先取りしたような半袖の制服。とんでもない格好をしていると自分でも思う。
公園は相変わらず静かだ。『生きていた頃』はよく、ここに遊びに来た。家にいると取り立て屋の声や電話の着信音ばかり聞こえてきて、静かな場所がなかったから。
誰もいないような場所で、一人きりで泣きたかった。
「――……お母さんは、同じことを繰り返さなかったのね」
ここにはいない人に、一人で勝手に話しかけてみる。
二人で死んだあの日、あたしは悪魔と契約してでも生き返ることを誓った。その結果、不老不死になろうと構わなかった。トモダチに、復讐してやりたかったから。けれどもそれと同時に、本当の友達が欲しかったんだと思う。
お母さんはもう、ここにはいない。きっと『契約』せず、そのまま死ぬ道を選んだのだろう。
悲しくて冷たい契約を、お母さんは繰り返さなかった。
私はスカートのポケットに手を入れると、一枚の硬貨を取りだした。白銀のそれは、『彼女』がくれたものだ。契約破棄の一円玉。偶然にもその硬貨の作られた年は、契約を破棄したのと同じ年だった。だから、彼女が契約を破棄した年は非常に覚えやすく忘れにくい。
「……平成二十四年」
見つめて、握り締めて、なくさないようポケットに戻す。寒空の下、彼女が泣きながらくれた、最後の対価。
平成二十四年のあの日を境に、あたしとあの子はトモダチではなくなった。
マフラーはあげるね、と言って彼女は笑った。私よりも似合ってるから、と。
あたしは丁重に断って、けれども彼女は首を振った。それは、あなたに持っていて欲しい。私とあなたはトモダチじゃなくなったから。だから、
「トモちゃーん!」
よく知っている声が公園に響いて、あたしは顔をあげる。春用の薄いコートを着た『彼女』が、こちらに向かって手を振っているのが見えた。大学生になったばかりの彼女は、それでも毎日のようにここに来てくれる。
「大分あったかくなってきたねー。今日は何して遊ぶ?」
「あなた、毎日ここに来るけど……。サークルとか入ってないの?」
「えー。入ったら、トモちゃんと遊ぶ時間が減るから嫌だー。優はバイトで忙しいし」
まるで当たり前のように、彼女はあたしに笑いかけた。あたしは上手く笑えない。彼女はそれを知っているし、咎めない。ただ、いつか自然に笑ってくれるようになったら嬉しいと言っていた。絶交した、あの日に。
――これで私とトモちゃんはもう『トモダチ』じゃない。だからこれからは、『友達』になろう? 遊ぶのにお金なんていらないし、私のお願いを叶える必要もない。ただ一緒に遊んで笑って、楽しく過ごせたらいい。もしもトモちゃんが他の誰かとまた『トモダチ』になったとしても、私はずっと『友達』だから。
「――――ねえ、私の話聴いてる? ……いろはちゃん」
ふいに懐かしい名前で呼ばれて、あたしは身体を震わせた。彼女はそれを見て楽しそうに、けれど悲しそうに笑う。
「名前は忘れたー、なんて嘘だったんじゃない」
「……しらない」
「いいよ、トモちゃんはトモちゃんだもん」
彼女はそう言うと、鞄からトランプを取りだした。いつもトランプを持ち歩いているのかと突っ込みたいけれど、あえて何も言わないことにする。
「二人きりだけどばば抜きでもしよう。トモちゃん、トランプきってよ」
「そうね。あなたは、…………琴葉、は、不器用だから」
なんだか気恥かしくて出来る限り小さな声で言った、けれどその声は、確かに彼女に届いたらしい。
琴葉は一瞬だけきょとんとしてから、春先の太陽のように、笑った。