第二章 北辰の冥影 【2.寄食の座】
【2.寄食の座】(よりうどのざ)
忠平の屋敷には、常に多くの「寄人」が出入りしていた。正式な使用人である家司でも家人でもなく、いわば“食客”である。
忠平は、さまざまな者を受け入れ、その才能を見極めようとする度量があった。
中下級貴族の庶子、地方武士の若者、学問を志す童子、僧侶、楽人、絵師――その顔ぶれは実に多彩で、時に百人を超える食客が出入りした。位階官職を欲する者、己の才を誇る者、没落して縁に縋る者――いずれも忠平の目に留まることを期待して、それぞれが自分の立場を守り、時に他者を押しのけようとしていた。
将門が、忠平の邸宅に初めて足を踏み入れた日も、廊のあちこちで寄人たちが思い思いに過ごしていた。
弓を手入れする者、漢籍を読みふける者、舞の稽古をする者、そして、ただ暇を持て余して将棋を指す者までいる。彼らは皆、忠平の推挙を待つ“待機身分”であり、同時に互いを意識し合う競争相手でもあった。
「其方は、坂東の生まれとか・・・」
声をかけてきたのは、二十歳前後の若者で、細身ながら鋭い眼をしていた。
藤原季兼という下級貴族の庶子で、学問に秀でた秀才として知られていた。
「粗野な坂東武者が、この都にいかなる用件か?」
蔑んだような目つき、挑むような言葉に、将門は眉をひそめた。
「我が武威は、どこであろうと力だ。都の風が、太刀を鈍らせるとは思わぬ」
季兼は一瞬驚いたように目を見開き、
「・・・坂東の武者は、面白い。」
と言った。
将門は、季兼の耳元まで腰を落とし、
「其方で試してやっても、よい・・・」
と、低い声で囁いた。
季兼は、口元に引き攣った苦味を浮かべて去って行った。
そのやり取りを、廊の陰から眺める人影があった。
その容貌は、他の寄人たちとは明らかに異質だった。
彫が深く、毛深い――
濃い眉毛の生えた眉間が突き出し、太い眉の下で光る眼は、獣のように鋭く、油断なく周囲を射抜いている。黒々とした髭は豊かで、がっしりとした四角い顔の輪郭をしている。首は太く、肩幅は広い。狩衣の袖口から覗く前腕は毛深く、縄のように筋が浮き出ていた。
――蝦夷の血。
その血を色濃く受け継ぐ者の、荒々しさに溢れていた。
田原藤太と名乗ってはいたが、
将門と同じく自らの出自を伏せて潜り込んでいた。
しかし、将門とは、出自を伏せた事情が異なる。
この男の本名は藤原秀郷という。
――藤原北家魚名流の末葉、
坂東の地に土着した下野掾・藤原村雄の子。
――国豊と、そして忠平とも、同じ血に連なる者であった。
だが今は、今はその名を名乗ることすら許されぬ身である。
下野国の官人でありながら、隣国の上野国司への反逆に連座し、一族十七名とともに流罪を言い渡された。
しかし、秀郷は捕縛の手を逃れ、密かに京へ潜り込んだ。
忠平邸に身を寄せているのは、追手の目を欺くためである。
(……あの若造、ただの偉丈夫ではないな)
秀郷は、将門の立ち姿に目を細めた。
――幼さは残るが、足の開き、腰の据わり、声の張り
いずれも武門に生きる者のそれだった。




