第二章 北辰の冥影 【5.妙見の光】
【5.妙見の光】(みょうけんのひかり)
ある日のこと。
大路を進む忠平の一行の前に、突如として荒れた身なりの男たちが飛び出した。
賊である。
「下がれ!」
将門は、咄嗟に前へ出た。
振りかざされた棒を、将門は難なく受け止め、相手の腕を掴んで地面に叩きつけた。続けざまに二人目が襲いかかるが、腰の太刀を抜くことすらせず、片腕だけで制した。
「其方のお手並み、お見事であった」
御簾の向こうから忠平が声を掛けた。
その声音には、驚きと、そして確かな期待が滲んでいた。
賊はすぐに捕縛され、事なきを得た。
この一件で、忠平の従者たちの間に、将門の名は一気に広まった。
「恐ろしい体躯の持ち主よ・・・」
「いや、あれは人の技ではない・・・」
「忠平様も、推挙の先に迷われよう・・・」
羨望、嫉妬、警戒――さまざまな感情が渦巻く中、
将門はただ黙々と鍛錬を続けた。
数日後、忠平は将門を東の廊の軒に呼び寄せた。
庭に射す薄日が、将門の影を長く引いている。
「小次郎、其方の武の技は見事であった。
兵衛か近衛の兵として推挙したいがどうか。」
将門は静かに頭を垂れた。
「過分なお言葉にございます」
忠平はふと微笑し、将門の横顔を眺めた。
その眼差しには、どこか探るような色があった。
「ところで――其方、いずれは東国に戻る身と聞く。
父は、国府の官であったか。」
将門は一瞬、驚いたように目を伏せた。
「――はい、
我は先の上総守・平朝臣良将が嫡子、小次郎将門、
桓武天皇の御裔に連なる平氏の一族にございます。
いずれは父を継ぎ、坂東を守る役目を負う身にて。」
その言葉を聞いた瞬間、忠平の表情がわずかに変わった。
「なんと――
相馬小次郎と申したによって、下総の県犬養氏の縁者と思うておったが・・・」
驚きと、納得と、そして別の何か――
(小次郎は、この我を試していたか・・・)
忠平は、何度も、大きく頷いた。
「……なるほど……
其方が鎮守の嫡子とは、今の今まで知らなんだ。」
忠平はしばし沈思した。
やがて、静かに言葉を継いだ。
「皇統に連なる武門の嫡子であればこそ、主上のおわす清涼殿を守る“滝口”こそふさわしい。其方を、滝口の尉に任じよう。」
近習していた家司に目を遣ると、
「蔵人に上奏するよう伝えよ。」
と言った。
将門は息を呑んだ。
(貴族未満の武官だが、昇進の足掛かりとしては悪くない・・・)
滝口の武士――
宮中の最奥に立ち、主上を守る誉れ高い役目。
選ばれる者は限られ、その名は若武者たちの憧れであった。
「……この将門に、そのような大役を」
「うぬには相応しい。武は天より授かるもの。
そして血筋もまた、天の理のうちにある。
ならば、その両方が正しく活きる場に立てばよい」
忠平の声音は、先日の賊退治の時よりも深く、確信に満ちていた。
将門は膝を正し、深く頭を下げた。
「ありがたく拝命いたします」
その背筋は、これまでよりもわずかに伸びていた。
寄人の身から自力で機会をつかみ、“宮中の侍”として新たなる道を歩み始める――
この小さな一歩が、のちに坂東を揺るがす大きな運命へとつながることを、まだ誰も知らない。




