4.因果の端(いんがのわ)
忠平の屋敷に紛れ込んでいれば、秀郷の異質な容貌も、かろうじて目立たずに済んだ。
だが、寄人たちの視線は冷たかった。
「どこからか、流れてきたようだ」
「鬼子か……また妙な奴が来たな」
「忠平様も、よくあんなのを入れたものだ」
秀郷は、何も言わなかった。
ただ、黙々と弓を張り、体を鍛え、忠平の雑務をこなした。
ある日、寄人の一人が秀郷に絡んだ。
「おい、毛人。弓の稽古場はこっちじゃないぞ」
秀郷は無視した。
だが、男はしつこく肩を掴んだ。
「聞こえぬのか。俘囚は耳まで濁っているのか」
次の瞬間、秀郷の手が動いた。男の手首を掴みひねり上げる。
骨が軋む音がした。
「離せっ……!」
秀郷は、ゆっくりと手を放した。
男は地面に倒れ込み、顔を青くした。
その場にいた寄人たちは、誰も秀郷に近づかなかった。
秀郷の眼は、獣のように光っていた。
――抑えねばならぬ。
秀郷は、自分に言い聞かせた。ここで暴れれば、追手に見つかる。
――生きねばならぬ。
秀郷の胸には、復権への執念が燃えていた。
そのとき、廊の向こうから小走りする軽い足音がした。
白麻の狩衣をまとった、まだ幼さの残る童子が向かって来る。
宮中の宿直を務め、忠平邸に戻っていた国豊であった。
秀郷は、ふと顔を上げた。
その瞬間、二人の視線が交わった。
――この童子は、誰だ。
秀郷の胸に、言葉にできぬざわめきが走った。
そして、この出会いが、のちに坂東を揺るがす運命の序章となることを、まだ誰も知らなかった。




