第二章 北辰の冥影 【4.因果の端】
【4.因果の端】(いんがのわ)
忠平の屋敷に紛れ込んでいれば、秀郷の異質な容貌も、かろうじて目立たずに済んだ。
だが、寄人たちの視線は冷たかった。
「どこからか、流れてきたようだ」
「鬼子か……また妙な奴が来たな」
「忠平様も、よくあんなのを入れたものだ」
秀郷は、何も言わなかった。
ただ、黙々と弓を張り、体を鍛え、忠平の雑務をこなした。
ある日、寄人の一人が秀郷に絡んだ。
「おい、毛人。弓の稽古場はこっちじゃないぞ」
秀郷は無視した。
だが、男はしつこく肩を掴んだ。
「聞こえぬのか。俘囚は耳まで濁っているのか」
次の瞬間、秀郷の手が動いた。男の手首を掴みひねり上げる。
骨が軋む音がした。
「離せっ……!」
秀郷は、ゆっくりと手を放した。
男は地面に倒れ込み、顔を青くした。
その場にいた寄人たちは、誰も秀郷に近づかなかった。
秀郷の眼は、獣のように光っていた。
――抑えねばならぬ。
秀郷は、自分に言い聞かせた。ここで暴れれば、追手に見つかる。
――生きねばならぬ。
秀郷の胸には、復権への執念が燃えていた。
そのとき、廊の向こうから小走りする軽い足音がした。
白麻の狩衣をまとった、まだ幼さの残る童子が向かって来る。
宮中の宿直を務め、忠平邸に戻っていた国豊であった。
秀郷は、ふと顔を上げた。
その瞬間、二人の視線が交わった。
――この童子は、誰だ。
秀郷の胸に、言葉にできぬざわめきが走った。
そして、この出会いが、のちに坂東を揺るがす運命の序章となることを、まだ誰も知らなかった。




