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誰も知らない英雄

 依頼の内容は、森の奥にある村への薬草配達だった。

 報酬は銀貨二枚。

 Fランク向けとしては悪くない。


 ただし一つだけ妙だった。

 地図に村がない。


「本当にこの場所で合ってるのか?」


 俺は古い地図を広げる。

 森の中。

 指定された場所には、何も描かれていない。

 それでも歩いた。


 夕方。

 霧の向こうに家が見えた。


「……村?」


 木造の家が十軒ほど。

 だが、人の姿がない。

 門をくぐった瞬間、背後で声がした。


「止まれ」


 振り返る。

 弓を構えた少女が立っていた。

 銀色の髪。

 年齢は俺と同じくらい。


「誰?」


「依頼で来た」


 薬草を見せる。

 少女は目を細めた。


「ギルドから?」


「ああ」


「……ギルドは、この村を知らないはず」


「俺もそう思ってる」


 少女は弓を下ろした。


「入って」


 村の中へ案内される。

 そこで俺は気づいた。

 人はいた。

 だが、全員が俺を見ている。

 警戒しているというより。

 怯えている。


「ここは何なんだ?」


「忘れられた村」


 少女が答えた。


「三百年前から、世界に存在しないことになっている」


「三百年前?」


「そう」


 少女は一軒の家に入る。

 壁には古い絵が飾られていた。

 五人の男女。

 俺は目を見開く。


「……この人たち」


「知ってる?」


「いや。でも見たことがある」


 剣の記憶。

 勇者アルド。

 その仲間たち。

 少女は絵を見上げる。


「この村は、あの五人が最後に立ち寄った場所」


「勇者たちが?」


「違う」


 少女は首を振った。


「勇者になる前の、ただの冒険者だった頃」


 そして。


「私たちの先祖は、あの人たちを助けた」


 俺は絵に触れた。

 記憶が流れ込む。

 五人が笑っている。

 食事をしている。

 子供と遊んでいる。

 戦いとは無縁の時間。

 そして最後。

 アルドが村人に言う。


『俺たちは必ず戻る』


 村人が笑う。


『待ってるよ』


 だが。

 彼らは戻らなかった。

 俺が目を開く。


「……どうして?」


 少女は答えない。

 代わりに一枚の紙を差し出した。


「これを見て」


 そこには五人の名前が書かれていた。

 アルド。

 ミリア。

 ガレス。

 ノア。

 セラ。

 歴史から消された五人。


 俺は紙を握った。

 すると、文字の一つが黒く滲んだ。

 ――セラ。

 名前が消えた。


「……今、消えた?」


 少女の顔が青ざめる。


「やっぱり」


「何が?」


「あなたが来る前から、少しずつ消えていた」


 少女は俺を見る。


「あなたは、何者なの?」


 俺には答えられなかった。


 その夜。

 村の外で鐘が鳴った。

 少女が立ち上がる。


「魔物が来た」


 俺は剣を握る。

 だが。

 敵は魔物ではなかった。


 森の向こうから現れたのは――黒い鎧を着た人間たちだった。

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