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23/27

もう一度

 翌朝。

 町へ出ると、昨日までとは少し違う空気が流れていた。

 人の数は変わらない。

 店も開いている。

 道を歩く人もいる。

 それなのに、どこか静かだった。


「……昨日より、変じゃないですか?」


 隣を歩くフィアが、小さな声で言った。


「ああ」


 俺も同じことを感じていた。

 町の人たちは普通に生活している。

 けれど、その表情にはどこか力がない。


 店先で客と話していた女性が、相手の顔を見たまま首を傾げている。

 向かいから歩いてきた男は、自分の家の前まで来たところで立ち止まり、しばらく扉を見つめていた。

 場所は分かっている。

 自分の家だということも分かっている。

 それでも、そこへ帰る理由だけが分からない。


「……これ以上、続いたら」


 フィアが言葉を止める。


「町の人たち、どうなっちゃうんでしょう」


「分からない」


 俺は答えながら、地下で見た装置を思い出していた。

 あの場所に集められていたもの。

 町の人たちが過ごしてきた時間。

 誰かと笑ったこと。

 誰かを大切にしたこと。

 何気ない日常の中にあった、大切なもの。

 それらは消えていなかった。

 人々の記憶そのものは、ちゃんと残っている。

 ただ、その記憶と本人との間にあったものだけが切り離されている。

 だからこそ、余計に厄介だった。


「レオンさん」


 フィアが俺を見る。


「昨日、返せるかもしれないって言ってましたよね」


「ああ」


「本当に……できるんでしょうか」


「分からない」


 昨日と同じ答えだった。

 けれど、今はそれだけでは終われない。

 俺は自分の手を見る。

 過去の旅で、一度だけ起きたこと。

 自分の中に取り込んでいた記憶が、俺の外へ出ていった。

 そして、人のところへ戻っていった。

 どうしてできたのか。

 何がきっかけだったのか。

 今でも、はっきりとは分からない。

 けれど――できたことだけは事実だ。


「前にも、一度できた」


「……はい」


「だったら、今回もできるかもしれない」


 そう言ってから、俺は町の奥へ視線を向けた。

 鐘楼が見える。


「……まずは、鐘を止めないとな」


 フィアが頷く。


「鐘が鳴れば、また記憶とのつながりが切られてしまいます」


「ああ」


「でも、どうしたらいいんでしょう……?」


「分からない。とりあえずもう一度地下に行ってみようと思う」


「そうですね、何か手掛かりがあるかもしれません」


 俺たちは地下へ向かった。

 入口を抜け、階段を下りる。

 昨日までなら、地下へ続く暗い道を見れば、何が待っているのか分からない不安があった。

 けれど今日は違った。

 俺の中には、すでにあの場所の記憶がある。

 どこに何があったのか。

 どこに装置があったのか。

 そこへ近づくほど、身体の奥に重い感覚が広がっていく。


「……大丈夫ですか?」


「ああ」


 フィアに答えながら、俺は歩みを止めなかった。

 地下の奥。

 昨日見た装置が、静かに残っていた。


「昨日見たもののほかには、何もなさそうですね」


「そうだな」


 俺は装置を見る。

 止めるだけなら、方法を探せばいい。

 けれど、それだけでは足りない。

 装置が集めた記憶は、ここに残っている。

 人々の中にも残っている。

 そして、その二つの間にある繋がりだけが切られている。

 なら――。


「レオン?」


 俺は装置へ手を伸ばした。


「もう一度、取り込む」


「え……?」


「ここに残ってる記憶を」


 フィアが目を見開く。


「でも、それって……」


「大丈夫だ」


 俺は手を装置に触れる。


「俺の中に入るだけだ」


 取り込む。

 自分の中に残す。

 そして、その先で返す。

 それが本当にできるのかは分からない。

 それでも。


「……やってみる」


 指先に力を込めた。

 次の瞬間。

 地下にあった光が、一斉に揺れた。

 そして、俺の身体へ向かって流れ込んできた。


「レオンさん!」


 フィアの声が聞こえる。

 けれど、俺は手を離さなかった。

 膨大なものが、一気に押し寄せてくる。

 町で生きてきた人たちの時間。

 長い年月の中で積み重なった記憶。

 一人分じゃない。

 二人でもない。

 この町にいる、たくさんの人間の記憶だった。

 頭の中が埋め尽くされていく。

 それでも俺は、手を離さない。

 奪っているわけじゃない。

 人々の中にある記憶を消しているわけでもない。

 ここに残されているものを、ただ自分の中へ取り込んでいるだけだ。


「……大丈夫」


 自分に言い聞かせる。


「前にも、できた」


 なら。

 今度も――。

 この先まで、できるはずだ。

 俺は流れ込んでくる記憶を受け止め続けた。


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