記憶の行き先
鐘楼を出た後、俺たちはそのまま宿へ戻った。
地下で見たものについて話すには、落ち着ける場所が必要だった。
部屋に戻ると、俺は椅子に座り目を閉じた。
頭の中には、大量の光景が残っている。
「大丈夫?」
フィアが尋ねる。
「ああ」
記憶を辿るが、それだけでは分からないことも多かった。
「カイルさんの持っている記録を見せてもらいましょう」
フィアが言った。
「ああ」
俺たちはカイルから紙を受け取り机の上に並べた。
鐘が鳴った日時。
そのとき町で起きたこと。
鐘が鳴る前に誰かが訪れていた家。
そして、その家の住人に起きた変化。
そこまでは、俺たちがすでに知っていることと大きく変わらない。
けれど、記録の最後の方に、古い紙が何枚か混ざっていた。
「これ……ずいぶん古いですね」
「ああ」
紙は黄ばんでいて、文字もところどころ薄くなっている。
フィアと一緒に読み進めていく。
そこには、この町に伝わる昔の出来事が書かれていた。
昔、この町では、人々が突然、大切なものを失うことがあったらしい。
物をなくすという意味ではない。
家族のことを覚えている。
仕事も覚えている。
自分の家がどこにあるのかも分かる。
それなのに。
どうして大切だったのかだけが、分からなくなる。
まるで、心から何かが抜け落ちてしまったように。
「……今と同じですね」
フィアが呟いた。
「たぶんな」
「原因は何なんでしょう……?」
「権力者だ」
それまで黙っていたカイルが口を開いた。
「町を支配するため、魔術師を雇い記憶を操作したんだ」
「そんな……」
「家族を守りたいと思う気持ち。故郷に帰りたいと思う気持ち。そんな気持ちを失わせることで人々を扱いやすくしたんだろう」
「……それに使われたのがあの鐘か。洗脳みたいなもんだな」
「ああ。だが当然、町の人はそれに対抗する策を考えた」
俺は手元の記録に書かれている文字をなぞる。
「鐘が鳴ったときに失われたものを、別の場所へ集める仕組み……」
「ああ、俺も詳しくは分からない。が、あの装置がそうなんだろう」
俺は地下で見た装置を思い出した。
あの場所に集められていた、たくさんの記憶。
町の人たちの暮らし。
家族との時間。
大切にしていたもの。
あれは、ただ無造作に集められていたわけではない。
「記憶を守るために、作られたんですね」
フィアが呟いた。
「ああ。だがそれも、時とともに消えたはずだった」
「じゃあ、どうしてまた……?」
「歴史を知った誰かが、装置を利用した」
俺は浮かんだ仮説を口にした。
「可能性はある」
カイルは鐘楼を見上げえるように顔を上げた。
「また同じようなことを考えるやつが出てきても不思議ではない。もしくは、集めることそのものが目的なのか」
確かなことは分からない。
誰が変えたのかも。
何のためなのかも。
けれど、地下で見たものを考えれば、無関係とは思えなかった。
俺は目を閉じる。
取り込んだ記憶が、頭の中を流れていく。
母親が娘の髪を結ぶ。
職人が初めて道具を手にする。
誰かと笑う。
誰かを大切に思う。
そんな記憶ばかりだった。
「……これを、ずっと地下に置いておくのか」
自分でも、答えは分かっていた。
「返せるなら、返した方がいい」
フィアが俺を見る。
「でも、どうやって?」
「それは……まだ分からない」
俺は少し考えた。
そして、ふと思い出す。
昔、一度だけ。
俺は自分の中に取り込んだ記憶を、外へ返したことがあった。
あのときは、自分でも何が起きたのか分からなかった。
同じようにできるかはわからない。
けれど、やるしかない。
「試してみよう」
「返せるかどうかを?」
「ああ」
この町に、記憶を返す。
それで何が起きるのか。
大切だったものを、もう一度大切だと思えるようになるのか。
それを確かめる。
必要なのは、町の人と、俺の中の記憶だ。
ようやく、次に何をすればいいのかが見えてきた。




