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地下への道

 床板を外すと、下から冷たい空気が流れてきた。


「……本当に地下がありますね」


 フィアが覗き込む。


「ああ」


 暗くて、先は見えない。

 ただ、石でできた階段が下へ続いている。


「こんなものが町の下にあったのか」


 カイルが呟く。


「お前も知らなかったのか?」


「地図にはあった」


 カイルが古い紙を広げる。


「でも、入口が見つからなかった」


「それが、鐘が鳴ったことで動いた」


「たぶんな」


 俺は階段を見下ろした。

 ここから先に何があるのか。

 まだ分からない。

 けれど、戻る理由もなかった。


「行こう」


 俺が先に降りる。

 フィアが続き、最後にカイルが降りてくる。


 階段は思っていたより長かった。

 町の地下深くへ進んでいる。

 壁には古い石が積まれている。

 しばらくすると、道が二つに分かれていた。


「地図は?」


 カイルが紙を見る。


「こっちだ」

 右の道を指差す。


「昔の町の中心へ続いている」


「なら、行ってみよう」


 右へ進む。

 少し歩いたところで、壁に文字が刻まれているのが見えた。

 古い文字だった。


「読めますか?」


 フィアがカイルを見る。


「少しだけ」


 カイルが近づく。


「……町の記憶を守るために」


 俺は足を止めた。


「記憶を?」


「ああ」


 その下にも文字が続いている。

 だが、長い年月で削れていて読めない。


「これ、昔からあったものなんでしょうか」


「たぶんな」


 カイルが答える。


「町の地下に、こんな場所があるなんて……」


 フィアが周囲を見回す。

 さっきの文字。

 何かを守るための場所だった。


 さらに進む。

 すると、広い空間へ出た。

 中央に、大きな古い装置が置かれている。


「何だ、これ……」


 フィアが呟く。

 鉄のような枠。

 いくつもの金属板。

 壁から伸びた線のようなもの。

 そして、その中心には小さな空洞がある。


「鐘と関係しているのか?」


 カイルが近づく。

 装置を調べる。


「分からない」


「またか」


「仕方ないだろ」


 カイルが少しだけ睨む。

 俺は苦笑した。


「悪い」


 そのときだった。

 俺は装置の側面に、小さな傷を見つけた。

 最近ついたような傷だった。


「これ」


 指で触れる。

 何かが流れ込んできた。

 暗い地下室。

 誰かがここに立っている。

 顔は見えない。

 装置を操作している。

 その手が動く。

 そして。

 遠くで鐘が鳴る。


 カン――。


 その瞬間。

 装置の中を何かが走った。

 白いもの。

 細い光のようなものが、一瞬だけ流れていく。

 俺は手を離した。


「レオンさん?」


「今……」


 俺は装置を見る。


「誰かが、ここにいた」


「本当ですか?」


「ああ」


 カイルが険しい顔になる。


「顔は?」


「分からない」


 それ以上の記憶は残っていなかった。

 けれど、一つだけ分かった。

 この装置は、今も使われている。

 古い遺跡なんかじゃない。

 誰かが、最近ここに来ている。

 俺は装置の中央を見る。


「これが、鐘と繋がってる」


「やはりそうか」


 カイルが呟く。

 そのとき。


 カチン。


 装置の奥で、何かが動いた。

 三人とも黙る。

 続いて。

 遠くから、低い音が響いてきた。


 カン――。


 鐘だ。

 けれど、今までとは違った。

 地下にいる俺たちにも、その振動が伝わってくる。

 装置が震えた。

 金属板が動く。

 そして。

 中央の空洞へ、何かが集まっていく。


「……何だ、これ」


 カイルが後ずさる。

 俺は装置へ近づいた。

 そこに集まっているものは、形を持たない。

 けれど。

 俺には分かった。


「記憶だ」


「記憶?」


 フィアが聞き返す。


「ああ」


 まだ触れていない。

 それでも分かる。

 この場所には、たくさんの記憶が残されている。

 町で暮らす人たち。

 それぞれの人生の一部が、ここへ集まっている。


「じゃあ……」


 フィアが息を呑む。


「この装置が、みんなの記憶を集めているんですか?」


「まだ分からない」


 俺は答えた。


「でも、少なくとも何かを集めている」


 カイルが装置を見る。


「俺たちが探していたものは、ここかもしれない」


 その言葉に、俺は頷いた。

 鐘楼を調べても分からなかった理由も。

 町のどこかで金属音がしていた理由も。

 人々の記憶が物に残っていた理由も。

 全部、この地下へ繋がっているのかもしれない。

 俺は装置へ手を伸ばした。

 だが。


「待ってください」


 フィアが俺の腕を掴んだ。


「触って大丈夫なんですか?」


「分からない」


 俺は装置を見る。

 記憶喰いが、今までにないほど強く反応している。

 ここには、俺がまだ知らない何かがある。


「でも」


 俺は手を止めなかった。


「調べるしかない」


 指先が、装置に触れる。

 その瞬間。

 大量の記憶が、俺の中へ流れ込んできた。

 パンを焼く匂い。

 炎の熱。

 子供の笑い声。

 誰かの手。

 家族と過ごした時間。

 誰かを大切に思った瞬間。

 町で積み重ねられてきた、無数の時間。

 俺は息を呑んだ。


「……こんなに」


 その中に、ひとつだけ。

 他とは違う記憶があった。

 鐘。

 そして。

 鐘の音に合わせて、何かを動かしている誰か。

 顔は見えない。

 ただ、その人物が最後に見ていたものだけは分かった。

 この地下にある装置。


 俺は目を開けた。

 フィアが心配そうに見ている。

 カイルも、何も言わずにこちらを見ていた。


「ここだ」


 俺は呟いた。


「鐘が鳴るたびに、何かが集められてる」


 地下の奥。

 まだ見えない場所から、かすかな音が聞こえた。

 カチン。

 また何かが動いた。

 俺たちは顔を見合わせる。

 この先に、まだ何かある。

 そして俺は、その先へ進むことにした。


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