鐘を追う者
翌朝。
俺とフィアは、昨日カイルがいた路地へ向かった。
「本当にここにいるでしょうか?」
「分からない」
確証はなかった。
それでも、カイルが町を調べているなら、どこかに手掛かりがあるはずだ。
路地の奥まで進む。
建物の壁に沿って歩いていると、フィアが足を止めた。
「レオンさん」
「ん?」
「あれ……」
路地の先に、誰かが立っていた。
暗い服。
こちらに背を向けている。
間違いない。
「カイル」
声をかける。
男が振り返った。
「……またお前たちか」
「探してた」
「俺を?」
「ああ」
カイルは少し警戒したように俺たちを見る。
「何の用だ?」
「聞きたいことがある」
「昨日も聞かれただろ」
「昨日より、少し分かったことがある」
俺は昨日のことを話した。
記憶自体は失われていないこと。
それなのに人々から記憶が引き離されていること。
カイルは黙って聞いていた。
「……お前も気づいたか」
「何に?」
「記憶そのものは残っている」
カイルが言った。
「だが、人間との繋がりだけがおかしくなっている」
俺は頷いた。
「お前もそう思ってたのか」
「ああ」
カイルは懐から何枚かの紙を取り出した。
そこには、町の人間についての記録が書かれている。
「最初におかしくなった人間を追った」
カイルは一枚の紙を見せる。
「鐘が鳴ったあと、その男は妻のことを覚えていた」
「でも、大切だとは思えなかった?」
「ああ」
俺は昨日の町の人たちを思い出す。
「そのあと、別の人間にも同じことが起きた」
「そして、鐘が鳴った」
「そうだ」
カイルは紙を重ねた。
「何度も繰り返された」
「じゃあ、やっぱり鐘が原因なんだな」
「そう考えた」
カイルは少し間を置いた。
「だが、調べていくうちにおかしなことに気づいた」
「何?」
「鐘が鳴る前に、必ず何かが起きている」
俺は黙った。
昨日のパン屋。
鍛冶屋。
そして、あの家。
「誰かが、その人間のところへ来ている?」
「そうだ」
「お前が追ってるのは、その人間か?」
「それもある」
カイルは答えた。
「だが、もう一つある」
「何だ?」
「鐘が鳴ったあとだ」
カイルは町の奥を見る。
「人間だけじゃない」
「……どういう意味だ?」
「鐘が鳴ると、町のどこかで音がする」
「音?」
「金属の音だ。俺は人より耳が良くてな」
カイルが俺を見る。
「鐘が鳴ったあとに、決まって何かが動いたような痕跡が残る」
「何かって?」
「分からない」
カイルは首を振った。
「だから探している」
フィアが口を挟む。
「鐘楼では見つからなかったんですか?」
「何度も調べた」
「それでも?」
「ああ」
カイルは苦笑する。
「鐘そのものには、何もない」
俺は少し考えた。
「じゃあ、鐘が鳴ることと、その音は別なのか?」
「分からない」
「……分からないことばかりだな」
「だから調べてるんだ」
カイルはそう言って歩き出した。
「どこへ行く?」
「見せたいものがある」
俺たちはカイルの後を追った。
町の外れに近い場所だった。
人通りも少ない。
古い倉庫のような建物の前で、カイルが立ち止まる。
「ここだ」
「何がある?」
「昨日、鐘が鳴ったあとに見つけた」
扉を開ける。
中は暗い。
埃の積もった床。
使われなくなった木箱。
壊れた道具。
その奥に、小さな穴が開いていた。
「穴?」
「ああ」
カイルがしゃがみ込む。
「ここから音が聞こえた」
俺も近づいた。
耳を澄ます。
何も聞こえない。
「昨日は?」
「鐘が鳴った直後だけだ」
「中に何かあるんですか?」
フィアが尋ねる。
「分からない」
また、その言葉だった。
俺は穴の周りを見る。
床には古い傷がいくつも残っている。
何か重いものを動かしたような跡。
そして、その先。
壁の下に、細い隙間があった。
「……これ」
俺が指を差す。
カイルも気づく。
「隠し扉か?」
近づいて調べる。
だが、動かない。
「開けられないか」
「なら、別の入口があるのかもしれない」
俺は立ち上がった。
「町のどこかに、この先へ行く道がある」
カイルがこちらを見る。
「そう思うか?」
「ああ」
そのとき。
カン――。
遠くで鐘が鳴った。
三人が同時に振り返る。
そして。
カチン。
小さな金属音がした。
今度は、はっきり聞こえた。
俺たちの足元。
床の下からだった。
「……動いた」
カイルが呟く。
俺は床を見下ろした。
古い板の隙間から、わずかに風が流れている。
「地下だ」
俺が言う。
フィアが息を呑む。
「この下に、何かあるんでしょうか」
「たぶんな」
カイルが壁を見た。
そして、ふと何かを思い出したように懐から紙を取り出す。
「そういえば……」
紙を広げる。
そこには古い町の地図が描かれていた。
「これを見つけたのは、昨日だ」
地図の端に、小さな印がある。
鐘楼。
町の東側。
そして、その二つを繋ぐように、一本の線が伸びていた。
「この線……」
フィアが指をなぞる。
「地下道でしょうか」
「昔のものらしい」
カイルが答えた。
「今は使われていない」
俺は地図を見る。
鐘楼。
金属片。
町で起きる異変。
そして地下へ続く道。
全部が、少しずつ繋がり始めていた。
「行こう」
俺は言った。
「この下を調べる」
カイルが頷く。
「ああ」
フィアも頷いた。
俺たちは、古い床板の下にあるものを探し始めた。
鐘を鳴らしている者を追うだけでは、もう足りない。
鐘が鳴るたびに、町のどこかで何かが動いている。
その先に何があるのか。
それを確かめなければならない。




