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鐘を鳴らす者

 俺は鐘楼の外へ出た。

 夕暮れの町は、さっきまでと変わらないように見えた。

 店を閉める人。

 家へ帰る人。

 道の端で話をする人。

 けれど、その中にいる誰かが、今日、自分の大切なものを失った。

 その事実だけが、妙に重く残っていた。


「レオンさん」


 フィアが隣に並ぶ。


「はい」


「どうしますか?」


「まずは、あの鐘を鳴らしている人を探す」


 俺は鐘楼を振り返った。


 そのときだった。

 視界の端に、人影が映った。


 鐘楼から少し離れた路地の向こう。

 一人の男が立っていた。

 こちらを見ている。

 年齢は俺より上だろう。


 暗い色の服を着ていて、町の人間とは少し違う雰囲気があった。

 男は鐘楼を見上げていた。


「……フィア」


「はい?」


「あの男、知ってるか?」


 フィアが振り向く。

 男と目が合った。

 その瞬間。

 男は踵を返した。


「待て!」


 俺は走った。

 フィアも後ろからついてくる。

 男は路地へ入り、建物の角を曲がった。

 俺も追いかける。

 けれど、角を曲がったときには、もう姿がなかった。


「……速いな」


 周囲を見回す。

 細い路地がいくつも伸びている。

 どこへ行ったのか分からない。


「レオンさん」


 フィアが追いついてきた。


「見失いましたね」


「ああ」


「知っている人ではありません」


「そうか」


 俺は男が立っていた場所へ戻った。

 地面に何か落ちている。

 拾い上げると、小さな金属片だった。

 何かの部品らしい。


「これは?」


「分かりません」


 裏返してみる。

 古びているが、最近使われたような傷があった。


「持っておく」


「はい」


 その日は、それ以上男を見つけることができなかった。

 宿へ戻ってからも、俺は金属片を机の上に置いて眺めていた。

 鐘楼。

 紙。

 そして、あの男。

 どれも繋がっている気がする。

 けれど、まだ足りない。

 何か一つ、決定的なものが。


 翌朝。

 町を歩いていると、フィアが足を止めた。


「レオンさん」


「ん?」


「今日も……」


 フィアが空を見上げる。

 俺も見た。

 鐘楼。

 昨日と同じ場所だ。

 次の瞬間。


 カン――。


 鐘の音が響いた。

 町の人々が、一斉に足を止める。

 昨日と同じだった。

 俺は鐘楼へ向かう人々を見回した。

 そして。


 いた。

 昨日の男だ。

 男は人混みの中に立ち、鐘楼を見上げていた。

 何かを待っている。


「いた」


「え?」


 フィアが振り向く。

 俺は男へ向かって走った。

 男も気づいた。

 逃げようとする。


「待て!」


 昨日と同じだった。

 だが、今度は逃がさない。

 路地へ入ったところで、俺は男の腕を掴んだ。


「離せ!」


「話を聞くだけだ」


「お前に話すことはない」


「じゃあ、どうして鐘が鳴るところを見てた?」


 男が黙った。


「お前が鳴らしてるのか?」


「違う」


 即答だった。

 俺は男を見る。

 嘘をついているようには見えなかった。


「じゃあ、何をしてる?」


「……確かめてる」


「何を?」


 男はしばらく黙っていた。

 やがて、低い声で言った。


「鐘が鳴る前と、鳴った後だ」


「それが何だ?」


「毎回、同じなんだ」


 男が鐘楼の方を見る。


「鐘が鳴ったあと、誰かが何かを忘れる」


「知ってる」


「そのあと、その人間の周りで、何かが変わる」


「何が?」


 男は俺を見る。


「大切にしていたものに、興味をなくす」


 俺は黙った。

 昨日のパン屋。

 今日の町の人々。

 紙に書かれていた言葉。

 男は続ける。


「最初は俺も、鐘が原因だと思った」


「違うのか?」


「分からない。ただ、鐘だけを調べても何も見つからない」


「お前も鐘楼を調べたのか?」


「ああ」


 男が頷く。


「何度もな」


 俺は少し考えた。


「だったら、どうして俺たちを見て逃げた?」


「……」


「何か隠してるだろ」


 男は目を逸らした。


「俺は、この町に昔からいる人間じゃない」


「それが?」


「俺が鐘のことを調べていると知られれば、面倒なことになる」


「誰に?」


 男は答えなかった。

 代わりに、懐から一枚の紙を取り出した。

 昨日、鐘楼で見つけたものと似ている。


「これは?」


「俺が見つけた」


 紙には名前がいくつか書かれていた。

 その横には日付。


「これ、町の人間か?」


「ああ。鐘が鳴った日の記録だ」


 俺は紙を見る。

 昨日見つけた袋の中にも、同じようなものがあった。


「お前はこれを集めてるのか?」


「違う」


「じゃあ何のためだ?」


「調べるためだ」


 男は紙を取り返した。


「誰が鐘を鳴らしているのかをな」


 その言葉に、俺は少しだけ引っかかった。


「じゃあ、お前も犯人を探してるのか」


「……そういうことだ」


 男はそう言った。

 けれど、その直後。

 男の顔が曇った。


「ただ、一つ分からないことがある」


「何だ?」


「鐘が鳴る前に、必ず誰かがその人間に会っている」


「……誰か?」


「ああ」


 男は紙を指で叩いた。


「俺が追っているのは、鐘を鳴らしている人間だけじゃない」


「その前に町の人間へ近づいている誰かも、調べている」


 そこまで言って、男は紙を懐へ戻した。


「今日はもう行く」


「待て」


「何だ?」


「名前くらい教えろ」


 男は少し迷ったあと、答えた。


「……カイルだ」


 それだけ言って、今度こそ路地の奥へ消えていった。

 俺とフィアは、その背中を見送った。


「カイル……」


 フィアが呟く。


「信用できますか?」


「分からない」


 俺は答えた。


「でも、あいつの話には一つだけ気になるところがある」


「何でしょう?」


「パン屋の人の話を聞きたい」


 俺は鐘楼を振り返った。


「もしかしたらそこにも、誰かが来ていたのかもしれない」


「……調べてみますか?」


「ああ」


 鐘楼を調べても、犯人には辿り着けなかった。

 なら今度は、人を見る。

 鐘が鳴る前。

 誰がその人のところへ行ったのか。

 そこからなら、何か分かるかもしれない。

 俺たちは町の中へ戻った。

 次に向かう場所は、決まっていた。


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