すべてを喰らう
最後の敵は。
魔王ではなかった。
王でもなかった。
世界に残った「忘却」そのものだった。
三百年間。
人々が捨て続けた記憶。
消された名前。
失われた悲しみ。
無かったことにされた罪。
それらが一つの魔物になっていた。
巨大な黒い影。
「これを倒すには?」
リゼが聞く。
魔王は首を振る。
「倒せない」
「じゃあどうする」
「喰わせる」
俺を見る。
「お前が全部喰らう」
俺は笑った。
「無茶言うなよ」
でも。
やるしかない。
右手を伸ばす。
黒い影に触れる。
――記憶喰い。
世界中の忘れられた記憶が。
俺の中へ流れ込む。
苦しい。
悲しい。
怖い。
何度も意識を失いそうになる。
それでも。
一つずつ拾っていく。
名前。
顔。
声。
約束。
後悔。
愛。
怒り。
憎しみ。
全部。
喰らう。
最後に。
一人の少女の記憶が残った。
セラ。
彼女がアルドに言っている。
『忘れられるのは、死ぬことより寂しいね』
アルドが笑う。
『だったら、誰かが覚えてればいい』
俺は目を閉じる。
「覚えてる」
黒い影が崩れる。
「俺が覚えてる」
世界中から。
黒い光が消えた。
そして。
空から。
無数の光が降ってきた。
降り注ぐ光を受け、人々が次々に膝をついた。
忘れていた記憶を。
取り戻していた。
記憶が戻るにつれ、街は混乱した。
泣く人。
怒る人。
何も分からず立ち尽くす人。
そして。
三百年前の記録を持つ老人たちが現れた。
そこで見せられた石碑。
五人の英雄の姿が映し出される。
アルド。
ミリア。
ガレス。
ノア。
セラ。
そして六人目。
名前は――レオン。
「……え?」
俺は固まった。
石碑に刻まれていた名前。
六人目の英雄。
それが。
俺と同じ名前だった。
さらに記憶が流れ込む。
六人目の男が。
俺を見る。
『いつか生まれ変わるなら』
笑っている。
『今度は、自分で選びたいな』
俺は息を呑む。
「俺……なのか?」
魔王は答えなかった。
「同じ魂かもしれない」
「じゃあ俺は、三百年前の……」
「違う」
魔王が言う。
「お前は、お前だ」
その言葉が妙に胸に残った。
過去の記憶を持っていても。
俺が生きてきた五年間は消えない。
追放されたこと。
笑われたこと。
悔しかったこと。
そして。
リゼやミアと出会ったこと。
全部。
俺自身のものなんだ。




