表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
「スマホ脳」のその先へ~高度洗脳社会を生きる~  作者: 三津朔夜
第1章 気づけば奪われている――スマホ脳の「その先」で起きていること

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

5/45

高度洗脳社会という名前

 ここで私は、あえて強い言葉を使いたい。

 現代は、単なる情報社会の延長ではなく、高度洗脳化社会へ移りつつあるのではないか、と。


 洗脳という言葉には、どうしても抵抗があると思う。

 命令、暴力、思想改造。 そうした古いイメージが強いからだ。

 けれど、いま進んでいるのは、そういう露骨な支配ではない。


 もっと静かで、もっと日常的な変化である。

 快楽、利便性、承認、反復、最適化。

 そうした心地よいものを通じて、人は無意識に近いところで反応し、続け、選び、やがてそれを「自分で決めた」と感じるようになる。


 こうした違和感を、フィクションはときどき現実より先に描く。

『ユア・フォルマ』では、人間の内面に接続し、反応や記憶や選択に関与しうる技術が描かれていた。

『BEATLESS』における「アナログハック」という発想も近い。


 人を無理やり動かすのではなく、環境や条件を整えて、自然にある方向へ行動や認識を流していく。

 かつてはSF的な想像力だったものが、いまでは現実の設計思想と不気味なほど重なって見える。


 留意すべきは、こうした仕組みの多くが、競争、利便性、効率、継続率、収益性といった、ごく普通の合理性の延長で強化されてきたことにある。

 誰かが世界を支配しようと企んだからではない。


 長く見てもらえるほど得になる。 使いやすいほど離れにくくなる。

 便利なほど手放しにくくなる。 その積み重ねの結果として、ここまで来てしまった。

 だからこそ、軽い言葉では足りない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ