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「スマホ脳」のその先へ~高度洗脳社会を生きる~  作者: 三津朔夜
第9章 それでも、自分で選ぶために――実存としての自由

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補助具を使いこなす主体は、自分だ

 アドラー心理学もニーチェの哲学も仏教の教えもサルトルの実存主義も、そして生成AIもマーケティング心理学も。

 これらはすべて、ある共通点を持っている。


 使いこなす主体が自分でなければ、意味をなさない。

 アドラーを妄信すれば、目的論という新しい縛りになる。

 仏教に依存すれば、現実から逃げる言い訳になりうる。


 生成AIに頼りすぎれば、自分で考える力を外に預けることになる。

 マーケティング心理学を知っても、それを使って人を操る側に回れば、本書が批判してきた構造を自分で再生産することになる。


 道具は、使う人間の意図で意味が変わる。

 だから私は、一つの思想を「これが正解だ」と言い切りたくない。

 本書でアドラーを紹介したのも、仏教に触れたのも、ニーチェを引いたのも、「これを信じろ」という意味ではない。


 自分という実存を定義していくための、選択肢を渡したかったからだ。

 選択肢は多いほどいい。 自分に合うものを試して、合わなければ置いて、また別のものを手に取る。 その過程そのものが、自分を定義していく作業だ。


 ブレインハックは、その選択肢を狭める方向に働く。 同じものを見続けさせる。同じ反応を繰り返させる。同じ不安を刺激し続ける。

 だから、選択肢を意識的に広げることが必要だ。 思想も哲学も心理学も技術も、広げるための道具として使う。


 そしてその道具を選ぶのも、組み合わせるのも、捨てるのも、自分だ。

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