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「スマホ脳」のその先へ~高度洗脳社会を生きる~  作者: 三津朔夜
第5章 反応させられる社会で、何を守るのか

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その欲望は、本当に自分のものか

 欲しい。なりたい。手に入れたい。

 そう思うこと自体は、自然なことだ。

 問題は、その「欲しい」が、どこから来たのか分からなくなることだ。


 本当に自分の中から出てきた願いなのか。

 それとも、比較の中で刺激された不足感なのか。

 焦りの中で、とりあえずつかみたくなった出口なのか。

 その境目は、思っているほどはっきりしていない。


 たとえば、急に何かが欲しくなることがある。

 稼ぐ力。発信力。誰かに認められる感覚。

 今まで特に必要だと思っていなかったのに、何度か見かけるうちに気になってきて、気づけば「欲しい」に変わっている。


 そのとき人は、自分の意思でそう思ったように感じる。

 外からの影響がすべて偽物だとは言わない。

 誰かの影響を受けて何かを好きになることはある。

 人に教えられて、自分の願いに気づくこともある。

 問題は、影響を受けることそのものではない。


 現代は、その外からの働きかけが余りにも多く、あまりにも巧妙だということだ。

 不足を感じさせる。比べさせる。遅れている気分にさせる。


 その上で、「これを手に入れれば埋まる」と差し出す。

 この流れが何度も繰り返されると、人は自分の欲望と、刺激された不足感とを区別しにくくなる。


 欲しいのではなく、不安なだけかもしれない。

 必要なのではなく、置いていかれたくないだけかもしれない。

 目指したいのではなく、今の自分を否定したくて飛びついているだけかもしれない。


 本当に自分のものなら、少し時間を置いても残る。

 一度離れても、なお気になる。

 比較の場から離れても、やはり自分の中に残る。

 されど、刺激の熱が冷めると一緒に弱くなるものもある。

 その差は大きい。


 だから、欲望を守るというのは、何も欲しないようにすることではない。

 それが本当に自分の願いなのかを、少し疑ってみることだ。

 一度距離を置いても、なお欲しいと思えるのか。

 そう問い直すことで、欲望は少しずつ自分の手元に戻ってくる。

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