守るべきものが見えたとき、抵抗は始まる
ここまで見てきたように、反応させられる社会で奪われているのは、時間だけではない。
注意が散る。判断が急がされる。欲しいと思う方向そのものが揺らぐ。
その中で、人は「自分で決めているつもり」のまま、少しずつ主導権を外へ預けやすくなる。
とはいえ、すべてを断てばいいわけではない。
スマホを完全に捨てる。広告を一切見ない。ゲームも買い物もやめる。
そんなことは、現実には難しい。それに、そこまでしなければ守れないという話でもない。
必要なのは、全部に勝つことではない。
まず、何を守るべきかが見えることだ。
時間を守る。注意を守る。判断を急がされない場所を守る。欲しいと思う気持ちの出どころを確かめる。
そうしたものが自分の側に残っていれば、全部を断てなくても、流され方は変わる。
抵抗という言葉を大げさに考えすぎないことが大事だ。
社会全体を変えることだけが抵抗ではない。
毎回すぐに反応しない。一度保留する。距離を置く。見ない時間を作る。急がされていると気づく。
その一つひとつも、十分に抵抗である。 むしろ、反応することが自然になりきった社会では、 すぐに反応しないこと自体が、小さな抵抗になる。
すぐ決めない。すぐ押さない。すぐには信じない。
この「すぐ」を少し遅らせるだけで、取り戻せるものはかなりある。
もちろん、それは簡単ではない。
環境の側はかなり強い。だから、また流されることもある。また焦って決めてしまうこともある。
一方で、大事なのは一度も流されないことではない。
自分が何に反応しやすいのかを知ること。
そこから始まる。守るべきものが見えたとき、抵抗はもう始まっている。
気合いを入れた瞬間ではない。完璧に変われた瞬間でもない。
「これはただの時間の問題ではない」と気づいたところから、すでに始まっている。
次の章からは、その抵抗をもう少し具体的な形にしていきたい。
反応させられる社会の中で、どうやって自分の時間と判断を守るのか。
気合いや根性ではなく、環境の整え方と心の持ち方から考えていく。




