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「スマホ脳」のその先へ~高度洗脳社会を生きる~  作者: 三津朔夜
第5章 反応させられる社会で、何を守るのか

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判断は、静かな場所でしか育たない

 人は、いつでも落ち着いて考えられるわけではない。

 急がされているとき。焦っているとき。何かを失うかもしれないと感じているとき。


 そういう場面では、判断はどうしても浅くなる。

 これは意志の弱さというより、かなり自然な反応に近い。


 第2章で見たように、人は不安や期待に引っ張られやすい。

 第3章で見たように、売る技術はそこへ正確に入り込んでくる。

 第4章では、その仕掛けが日常の中にまで広がっていることも見てきた。


 そう考えると、判断力が弱まるのは、自分だけの問題とは言いにくい。

 判断には、静けさがいる。

 ここで言う静けさは、ただ音がしないという意味ではない。


 急かされず、比較の圧が弱く、今すぐ決めろと迫られない。

 そういう余白のことだ。 たとえば、夜に何かの申込みページを見ているとする。

 「今だけ」「残りわずか」「今日中の登録で特典つき」と並んでいる。


 本当は一晩置いて考えたい。

 けれど、その一晩を許さないように画面が作られている。

 こういう場面で、人は考えるより先に反応しやすくなる。


 そうした言葉や仕掛けに囲まれていると、人は保留する力を失いやすくなる。

 今の環境は、「少し置く」を許さない方向に作られている。

 判断が弱るのは、決断力がないからではない。

 判断が育つための条件そのものが削られているからでもある。


 迷う時間には、意味がある。立ち止まる時間にも、意味がある。すぐに決めないことにも、意味がある。 反応が速いことと、判断が深いことは同じではない。


 反応させられる社会で判断を守るというのは、賢くなることより先に、静けさを取り戻すことでもある。 すぐには決めないでいられること。保留できること。一度離れられること。


 そういう余白があって、はじめて判断は自分のものになっていく。

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