私は研究者ではない
私は北海道の限界集落で、二十年以上、酪農と地域社会の現場に身を置いてきた書き手である。
こう書くと、この本のテーマからは遠い場所にいるように見えるかもしれない。
スマホ、SNS、アルゴリズム、生成AI。
そうした話は、もっと都市的で、もっと情報産業の近くにいる人間が語るものだと思われがちだからだ。
けれど、実感としてはむしろ逆だった。
そうした土地にいるからこそ、近年ますます強く感じることがある。
情報環境の変化は、なにも都市だけの現象ではない。
画面の中で起きている変化は、生活の末端にまで入り込み、人の時間の使い方、集中力、判断の癖にまで影響を及ぼし始めている。
以前なら「都会の話」で済んだ。
しかし今は、生活そのものの話になっている。
地域の人たちの時間の使い方も、子どもたちの集中の切れ方も、大人の買い物の仕方も、前とは少しずつ変わってきている。
データも、その変化を裏づけている。
東北大学加齢医学研究所と仙台市教育委員会の調査では、スマホや通信アプリの長時間利用と学力低下の関連が報告されている。
変化は、目に見えて大きく崩れる形で来るとは限らない。 もっと静かで、もっと日常的なかたちで進む。
最初にその違和感を強く感じたのは、自分自身が情報商材ビジネスに引っかかったときだった。
北海道の僻地にいながら、オンライン面談を通じて情報商材ビジネスに関わり、稼げなかった。
場所は関係なかった。
情報インフラが整備された社会では、どこにいても同じ設計の中に引き込まれる。その体験が、この本を書く出発点にある。 私はまず、その違和感を見失いたくないと思った。
何に時間を奪われ、何に反応させられ、何を「自分で選んだ」と思わされているのか。
この章では、その入口を整理していきたい。




