教えられない社会で、誰がその隙間を埋めるのか
本来、教えることには価値がある。
分からないことを分かるようにする。
経験のない人に、判断の基準を渡す。
そういう営みがあるから、人は急に全部を見抜けなくても、少しずつ社会の中を歩けるようになる。
だが今、その「教える」という力が、あちこちで弱っているように見える。
これは単なる印象だけではない。
厚生労働省の令和6年度「能力開発基本調査」では、OFF-JT(外部研修)や自己啓発支援に費用を支出した企業は54.9%にとどまる。
裏を返せば、約45%の企業はそれらに費用を出していない。
企業の採用・育成方針を分析したJILPTの研究でも、OJT、OFF-JT、自己啓発支援といった取り組みは、「新卒注力・育成企業責任型」で多く、「中途注力・育成個人責任型」で少ない傾向が示されている。
即戦力を重視し、育成を個人責任に寄せるほど、教える側の取り組みは薄くなりやすい。
その結果、何が起きるのか。 分からない人が、分からないまま置いていかれる。
評価基準を持たないまま、自分で判断しなければならなくなる。
そして不安だけが先に育つ。
こういうとき、本来なら必要なのは、ゆっくり教えてくれる場所だ。
焦らせず、煽らず、相場観や判断基準を手渡してくれる場所。けれど、その役割を果たすはずのものが弱ったとき、隙間は空いたままでは終わらない。
誰かがそこに入ってくる。
それが善意であることもある。
本当に教えようとしている人もいる。
だが、ビジネスもまた、その隙間を見逃さない。
不安がある。判断基準がない。早く答えがほしい。
そういう人に向けて、「これが正解だ」と言い切ることは、強い商品になる。
しかも、ちゃんと教えるより、近道を売るほうが早い。
問題の核心は、そこに需要があることだ。
不安を抱えている側から見れば、近道は魅力的に見える。
正解があると言われれば、すがりたくもなる。
だから、売る側だけを責めても、構造の半分しか見えない。
さらに、定着の弱さもこの構造を補強している。
厚生労働省が公表した令和4年3月卒業者の離職状況では、就職後3年以内の離職率は高卒37.9%、大卒33.8%だった。
入った後に育て、支え、定着させることまで含めて、社会の側の課題になっている。
だから私は、この問題を単なる自己責任の話で終わらせたくない。
脳の仕組みを利用する技術が広がっている。
不安に接続する売り方が洗練されている。
その上で、教える力のほうが痩せている。
この三つが重なったとき、人は思っている以上に脆くなる。
次の章では、こうした環境がスマホやSNSの外にまでどう広がっているのかを見ていく。
買い物、ゲーム、ポイント、広告。
日常のあちこちに埋め込まれた仕掛けを見ていくと、「高度洗脳社会」という言葉が、比喩ではなく構造として見えてくるはずだ。




