第123話 家族は宝物
レオンハルト様との話を終え、あらかじめ準備していたクラリッサ様への手紙を託した。その翌日。
「アルセラちゃん!」
クラリッサ様が突然地下畑へ来られたと思ったら、いきなり抱きしめられた。
えっと……どうされました?
「宝石商はすぐに手配するわ。以前呼んだ宝石商でよかったかしら?」
「はい、あまりいろいろな人に会わない方が良いですよね?」
「そうね。ルミーユ商会へ連絡をとるわ」
体を離して、少し小首を傾げながら問い詰められる。
「アルセラちゃん。今回の支払いは自分で準備するってあったのだけど、まだ支払えていない報酬がたくさんあるから、うちでも国でもどちらからでも出せるわよ?」
「いえ、今回のものはあたしが自分で用意したいのです」
さすがに情報への支払いに辺境伯様や国の名前を残すわけにはいかない。
内密に依頼するから、先方もこちらとの繋がりは表に出さないとは思うのだけど、ここはしっかりはっきりさせておかないとあたしが嫌だ。
「そう? 遠慮しているだけならそれはやめてね」
「遠慮しているわけではないです。あたしのわがままと受け止めていただければ!」
「それは、仕方ないわね」
ため息交じりに了承してくれる。
そして、再びぎゅっと抱擁される。
「クラリッサ様?」
「ごめんなさいね。レオンハルトから聞いたわ。ご家族を亡くされたって……」
つい動揺して体を震わせてしまう。
「ずっとここにいたから、弔いにも参加できなかったのではないの?」
首を振る。
「みんな体がないから……エルフの森でも、弔いはしていないです」
体があれば、世界樹に埋葬する弔いはする。でも大抵は老齢期まで生きるから、精霊が生まれたと祝いの場になるのよね。特に精霊の子の場合は。だからエルフの森では弔いと言ってもあまり悲しみのイメージがない。
『体がない』と言ったところでクラリッサ様の腕に力がさらにこもる。
気持ちは嬉しいけど、クラリッサ様、そろそろ苦しいです。背中を軽く叩いて力を緩めてもらう。
そういえば、アイラとお兄様の体はどうなったのだろう? その辺りに打ち捨てられたのかしら?
あたしもすっかりエルフの考えに染まってるわね。アイラもお兄様も精霊として還ってきていたから、体のことなんて、今まで綺麗さっぱり忘れていたわ。
「お兄様と娘には最後に少しだけ関われましたから、それがあたしなりの弔いです」
「えっ? アルセラちゃん、子供がいたの!?」
まぁ、驚くわよね。家族構成なんて話したことがないし。エルフの見た目だとクラリッサ様より年下だものね。実際はアイラですらクラリッサ様よりずっと年上だけど。
「……アルセラちゃん、今、何歳?」
「……内緒です……」
クラリッサ様相手でも黙秘させていただきます。
エルフの中では若い方なんだけど、人相手に年齢を言うとすごく老けて感じるのだもの! 言いたくないですっ! 特にあたしはどっちの感性もわかるから余計に嫌っ!
再びクラリッサ様の腕に力がこもる。
「うう、ダメだわ。私がレオンハルトやアルノルトを失ったら、と思うと耐えられない!」
そうですね。
あたしもここまでアイラのことで引きずるとは思っていなかった。
最後の状況が酷かったのもあるのだろうけど、それでもやっぱり子供を亡くすって違うのよね。
お兄様がそっと寄ってきて悲しみを伝えてくる。
そうよね。精霊から聞いた話ではお兄様は心を壊していた。その場に一緒にいたってことは、目の前でアイラが拷問された上で精霊になるのを見ていたのよね。それはどんなに辛かっただろう。
それはともあれ。
子供といえば気になっていることがあるのよね。
クラリッサ様に抱きしめられたまま、周りに聞こえないようにそっと小声で確認する。
「あの、クラリッサ様。お腹に赤ちゃんがいらっしゃいません?」
エルフになってから耳はずいぶん良くなった。
なんとなくクラリッサ様のお腹辺りから小さな音が聞こえて、こっそりと風の精霊に音を大きくしてもらったら鼓動だったのよね。音を大きくしてもまだ小さく感じるから、確信は持てないけれど……クラリッサ様も気がついていないかもしれないわね。
「……え?」
「お腹からとても小さな鼓動が聞こえるので、たぶん。あとでお医者様にちゃんと診断してもらってくださいね?」
「ええ?」
お顔が真っ赤になってるけど、嬉しそう。
ふふ、良かったですね。
「男の子ですかね?」
「どちらでもいいのだけど、アルセラちゃんのような女の子が欲しいのよ」
あたしのような?
……それはあまりお勧めできませんね。絶対苦労すると思うわ……
そう呟くとクラリッサ様がくすくすと笑う。
「アルセラちゃん、エルドリック様と同じことを言うのね」
辺境伯様ー?
なんか他人に言われると……否定できないだけに複雑です!
くすくすと笑いながらクラリッサ様はあたしを抱きしめる。
「アルセラちゃん。もう少し気持ちが落ち着いたら、ご家族のお話を聞かせてね?」
「……はい」
話せる日が来るだろうか?
こんなにぽっかりと穴があいた感覚がずっとずっと消えないのに……
穴を埋めるためなのか、次から次へと復讐に気持ちが傾いていく。
復讐なんて、何も生み出さないとわかっていても止められない。
だから、こんなあたしみたいにはなっちゃダメ。
クラリッサ様の元で穏やかに、純粋な子に育ってほしい。
だからこそ、この地下畑に目を向けさせてはいけない……
もう二度と、バルディウスを戦地にしてまで奪おうなんて思わせない。
この穏やかな空間を脅かすものは近づかせない。
そのために必要なことをしっかりと計画しないとね。




