第120話 呪い対策2
アルセラは一週間かけて呪いの研究書を読み込んだ。さらに呪物の魔力の流れを観察し、聖水の浄化作用も解析することで、呪いに対する理解を深めていく。
こうして解呪の魔法陣が完成した。
「よし、じゃあテストしないとね」
トビアスを近くに呼んで「これからあたしに起こることは、誰にも内緒ね」と言っておく。
魔法陣と聖水を近くに準備する。預かった呪物のうち一番弱いというナイフを持ち、いざ傷をつけようとしたところでナイフを持つ手を掴まれた。
「アルセラ様? 何をしようとしてます?」
「解呪の魔法陣を試すためにちょっと傷を作って呪いをかけるだけよ?」
「そういう危険なことはご自身でやらないでください!」
「大丈夫よ。解呪の魔法陣が失敗したときのために聖水があるわ。それに、動けなくなってもトビアスがいるもの」
「騎士の方が体力がありますから、呪いの対象には自分かカイルがなります! それに、アルセラ様の意識がはっきりしている方が解呪の具合とかわかりやすいですよね?」
む……それはそうね。
他人に呪物を使うなんて嫌なのだけど、呪物を持つだけでゾワゾワするし……
「ナイフを渡してください」
ため息混じりに持っていたナイフを奪われ、そのままトビアスが自分の腕を浅く傷つける。
傷口から黒っぽいモヤが広がり、薄く全身を覆っていくのがわかる。
「ん? これで呪いの状態ですか? もっと深く刺した方がいいですか?」
「それで大丈夫」
どうやらトビアスには呪いがかかった実感がないようだ。
……あんなにまとわりついてるのに……
解呪の魔法陣を試すときちんと解呪され、まとわりついているものが霧散した。うまくいってホッとする。
続いて少し呪いが強いという剣を箱から取り出そうと剣に触れたら、それだけで呪いがこちらを侵食してきた。
「ひっ!」
魂に直接触られたような感覚に怖気が走る。
呪いにかかるのってこんななの? まだ刃で傷つけられたわけでもないのに!
「アルセラ様!」
悲鳴から察してくれたのか、剣から離せなくなった手をそっと引き離してくれる。
「こちらも試したいんですね?」
「そ、そうだけど……これダメ、ダメ……」
こんなの直接かかったら死んでしまう!
トビアスは特に何も感じないのか、戸惑うことなくすっと手を伸ばして刃先に指を当てて傷をつける。
「っ!」
「トビアス!」
傷としてはほんの少しなのに、トビアスの顔色が真っ青になり、膝をついて苦しそうにしている。
早く、早く解呪を!
焦って魔力を流すのが遅れたものの、なんとか魔法陣を発動させてトビアスを解呪する。
「トビアス、トビアス、大丈夫?」
「大丈夫です」
ふーっと深く息を吐きつつ無事なことを伝えてくれる。
まだ顔色は戻っていないけど、表情はいつも通り穏やかになっていた。
あああ、ちゃんと魔法陣が効いてよかった!
解呪されて動けるようになったトビアスが剣の箱を閉じてくれた。
呪物はもう一つある。ネックレス型で、身につけた者が呪われると聞いているけど、剣タイプのを考えると箱を開けただけで影響が出そうよね?
「トビアス。その小さい箱をゆっくりと開けてくれる?」
「はい、これですね?」
あたしに言われた通りに箱の蓋をゆっくりと開けてくれる。
わずかな隙間から黒い靄が漏れ出し、周囲へ広がっていく。周囲にいた精霊たちが悲鳴を上げ、影響のない場所へ逃げていく。
「う……」
『アルシェイラ!』
光の精霊の悲鳴のような声が聞こえる。
でも、真っ黒なものに沈み込んだような感覚がして、何も反応できない。
「アルセラ様!」
トビアスがネックレスの箱の蓋を閉めてくれたのだろう。
少しだけ真っ黒なものの圧力が弱まる。でもまだ、周りに残って沈めてくる。こうして考えることはできるのに動けない。
そんな中、光が届いた。
あたしを沈めていた真っ黒なものが霧散していく。
その後で冷たい水をかけられた感覚があった。
『アルシェイラ! アルシェイラ!』
「アルセラ様!」
光の精霊とトビアスの悲鳴のような呼び声が届く。
うん、感覚的に光の精霊が解呪を使い、トビアスがすぐに聖水を浴びせてくれたのだろう。
「大丈夫、もう解呪されてる」
目を開けて、いつの間にか倒れていた体を起こす。
呪いがここまで精霊とエルフにとって天敵だとは思わなかった。周りにいた子たちにも迷惑をかけちゃったな……
とりあえず、これで解呪の魔法陣は完成したし、光の精霊も解呪が使えるようになった。これであたしに呪いを使われたとしても、好きなタイミングで動けるようになる。
あとは、情報をもう少し補強して計画をしっかりと立てないとね。
◇◇◇
エルフの森では、問題となっていたルミシルヴァの族長職を、エルヴァリエル族長の孫娘が継ぐことで決着した。
一方、若長にはルミシルヴァで工芸品づくりを担っていた者が一時的に就くこととなった。主な役目は、古くからルミシルヴァに住む住民との橋渡しだ。
この若長の人選は、新たに族長となった孫娘が自ら交渉を進めていた。しかし、祝福を持たないことを理由に断られ、逃げられることも少なくなかった。
それでも粘り強く説得を続けていると、あるとき二人は精霊から同じささやきを受けた。そして、「その子が育つまでの期間限定であれば」という条件付きで承諾を得ることができ、ようやく話はまとまった。
アルセリオンが進めていたルミシルヴァの工芸品や彫刻による交易は続いていた。
交易量が増えれば、エルフには扱えない金属製品をより多く手に入れられる。金属の製品はすでにエルフの森全体で生活の一部として必要なものとなっており、交易を無くしたり、減らしたりすることはできなかった。
ただし、これからは全ての交易をエルヴァリエルで監視し、人との会話も最低限で済ませるようにした。
これにはアルセリオンとのやり取りを楽しみにしていた商人は落胆していたが、全く交易がなくなるよりは良いと受け入れていた。
エルフの森全体としては、古代から続く結界よりさらに外側にもう一つ結界が構築されることになった。
「古代のものと比べると強固ではないが、複数の要を設置して定期的に魔力をこめることで維持する。これなら魔素に影響が出てもしばらくは結界が維持できる」
要は部族と同じ数だけ設置し、それぞれ近い場所にある要を各部族が受け持つ。一つの場所が壊れても、他から魔力が供給されている間に直せば結界は保てるようになっている。
ただ、この結界は要と同じ印を持つ者しか通り抜けられない。
今まではたまに魔物対応で外縁まで出ることもあったが、この結界の完成と共に印を持たないエルフは外に出ることがなくなった。
こうしてエルフの森はより閉じた国として存続していくこととなる。どのような国になっていったのか、交易以外の情報が人のもとへ届くことはなくなった。
ただそこにエルフの森があり、エルフが暮らしている。それを実際に知るのは交易を担当している者だけで、エルフは物語の中の存在と等しくなっていった。




