第118話 皇帝の計画
ルミシルヴァの若長が死んだ。
そんな最悪な報告が届いたのは、皇帝の代官が到着する前日だった。
若長の様子は、どう見ても廃人のそれだった。
目がうつろで、何にも反応しない。
放っておけば水も食事もとらず、動こうともしない。
ただ眠るか、目を開けたまま天井を眺めているだけだった。
そんな様子だったから油断していた。まさか、娘と同じく精霊になろうとは……
「……タイミングが悪い……」
せめて代官に会わせた後であれば、なんとかなったものを……仕方ない。急変したと言って、代官を死体に会わせるか……精霊になるという、エルフ特有の死など知らないだろうからな。
それでも、理由をつけて探られるだろうが……わずらわしい……こんなことならさっさと引き渡しておくべきだったか。
しかし、若長も娘も精霊になることを選んだ。そうなると、若長の家族であるアルシェイラも精霊になることを選べると考えた方が良い。
「アルシェイラが勝手に精霊にならないように足かせが必要だな……」
アルシェイラは唯一の鍵だ。死なせるわけにはいかない。
自ら精霊になることを思いとどまらせるには、家族か親しくしている者をそばに置くのがいいか……だが、エルフを連れてきてまた精霊となっては意味がない。
「……今いるのはドゥルガルドだな……」
聞いた追放時期から考えるともうずいぶん長くドゥルガルドにいる。そろそろ土地や周囲の者にも愛着がわいている頃合いだろう。
「……そういえば、あそこにはヴァルケンがいたな……」
指令は持たせずに情報を拾う捨て駒の扱いらしいが、アルシェイラと親しくしている者について、情報を集めさせるか。
親しくしている者がわかったら、どうやってあそこから引っ張り出すか……
「バルディウスを落とすのが一番早いが……さすがに皇帝が動かないだろう。条約もある。単独の暴走として動くにしても、少々厳しいな」
条約はバルディウスも縛っている。条件は同じだ。
軍として千ほどの兵を集めて、北方へ運ぶ補給をこちらに回せば……
「関門は落とせる。だが、城を落とすには補給が足りない」
兵力も足らない。正面からぶつかっていないとはいえ、8000の兵を撤退に追い込んでいる。それほどの戦力を甘く見て当たるような無謀な作戦は立てたくない。
「条約を潜り抜けて軍を集める手段を思いつかない限り、バルディウス攻略は見送るしかない」
そうなると、アルシェイラが動くよう仕向けなければならない。
……また、動かぬものを動くようにするのか……
本当に、エルフが絡むとどうにもやりにくい……
◇◇◇
皇帝の元にヴァルカディアン領に派遣した代官から早馬で報告が届いた。だが、届いたのは「エルフがすでに死亡している」というどうしようもない内容だった。
心を病んでいるという前情報から医官を同行させたため、そのまま死因を調べたらしい。だが、調べても死因はわからないようだ。外傷もなく、毒物も検知できない。
「また、何も情報は得られず、か……」
どちらにせよ、エルフとの交易を担っていた者がヴァルカディアンの手に落ちている時点で、交易など結べるはずもない。
もう少し調査を続けてから戻るとは書いてあるが、おそらく、これ以上有益な情報は出ないだろう。
「わざとなのか……偶然なのか……」
わざわざ死体に会わせるつもりなら何が狙いだ?
こちらが動いているのを諦めさせるのが目的か?
そのためだけにエルフを殺す?
「……なんでもやる男だが、そういう非効率なやり方は好まないだろう……」
エルフを手元に置くだけでかなり苦労しているはずだ。そもそもエルフに接触することが困難だ。その程度の目的でエルフを殺すとは思えない。
だとすると偶然か……それは、ずいぶんと慌てたであろうな。その様を見てみたかった気もするが……
「エルフから、どんな情報を手に入れたのか……」
気にはなるが、問うだけ無駄だろう。それに……
「エルフの森に侵攻するつもりはない」
あの森は人を拒絶することで保たれている。
攻め入れば、エルフを制圧すること自体は可能だろう。だが、あの環境が保たれるかと問われればそれは違う。それならば、今まで通りエルフが管理して森を維持してもらう方が良い。
次に拡大を狙うとしたらドゥルガルドなのだが……食料の自給率が上がったことで国力が増している。その上、条約のおかげで奇襲は難しい。
「しばらくは、ドラグナールの国内を固めるべきだな」
ヴァルカディアンがこちらを狙ってきた時に壁になり得るのはグラディオンしかいない。ドラッケンの後釜に据えたヴァルディスとマルキオンがどれだけ成長するかにかかっているのだが……
ヴァルディスの軍は、おそらく主力軍としては育たない。掌握するのは早かったが、主力がマルキオンに流れた。
マルキオンは商才はあるのだが、軍事面ではいまいちだな。警備隊として運用しているのだから正しくはあるのだろう。おそらくいざとなればドラッケンが指揮をとるだろうから、それなりに戦えるはずだが……
「あの戦争第一の男がここまで大人しくなるとは……」
ドゥルガルド戦で手痛い敗戦を経験したからか、何かあれば殴って解決する男が、まずは話を聞けと指導していると聞いたときは耳を疑ったものだ。元ドラッケン軍の者たちも、ドラッケンの指導が変わって離反するかと思えば素直に従っているという。
「……そこまで惹きつけるものを持っているとは、思えないのだが……」
あそこの求心力はいまだに不思議でならない。ヴァルカディアンとはまた違う統率能力がある。だから、マルキオンが情報収集を担ってうまく運用できれば、と思ったのだが、あくまで警備隊の枠を超えない。
おかげで査察からは一切何も言われていない。それは想定通りだからいいのだが……
「北へ分割配置させたヴァルカディアン軍を抑える戦力がいない」
ヴァルディスが育ってきたら当たらせるつもりだったのだが、当てが外れた。セラディアからヴァルカディアン軍の動きの情報は入ってくるが、いざ動いたときはマルキオンにいるドラッケンかグラディオンの救援を待つしかない。
帝都の守りを厚くするにはどうするべきか。
新しく軍を起こすのは……条約に引っかかるだろう。
「警備隊の派遣として、北の各領に入り込ませるか」
戦力としては分散するが、それは小隊で動くヴァルカディアン軍も同じだ。マルキオンも商売が広がるのだから話には乗ってくるはずだ。
問題は戦力として動ける元ドラッケン軍の連中が、うまく各地へ分散してくれるかどうかだろうな……




