第117話 お兄様
「ねえ、精霊。聞きたいのだけど……風の精霊で祝福もち同士でやり取りできるなら、光の精霊でもできるわよね?」
『できる。風の精霊がやってた声真似はできない』
「言葉は届けられるのね。それなら……お兄様と話がしたいわ」
お兄様ならおじい様のことも……知ってるわよね?
どうしてダンジョンを使ったのかは……聞きたいような……聞きたくないような……
『若長と話す?』
「そうね。冷静に話せるかわからないけど……」
どう話をしようかと悩んでいると、光の精霊のそばへ小さな光が寄ってきた。
光の精霊が呼んだのかな?
『アルシェイラ、この子に魔力を分けて』
「? はい、どうぞ」
『ありがとう』
小さな光がすいっとこちらに飛んでくる。思わず手を出すと、その上に乗るように止まった。
『あのね、言葉を届けても届かないの』
「……届けても届かない?」
『あの子が精霊になってから反応がないの』
あの子って……アイラが精霊になってから?
『人に嫌なことをされても……目の前で騒いでも、反応しない……』
すごく寂しい、悲しい気持ちが伝わってくる。
もしかして、この子はずっとお兄様のそばにいたのかしら?
「お兄様……若長のことを、聞かせてくれる? あたしがいなくなってから何があったの?」
『最初はね、名前を入れられなかったの』
ん? ダンジョンに仕掛けた真名の入力のことかな?
『名前を入れてからも苦しそうで、でも、人との話は楽しそうだった』
人と話……エルフの森で人と接点があるのって、交易しかないわよね?
やっぱり、ダンジョンで作った物を売っていたのだわ。
『魔素が減って、人がそばに来て、世界樹の葉が降って……』
んん? 一気に飛んだ? それともそれだけのことが一度に起きたの?
『族長がアレを結界に閉じ込めて』
アレってなんだろう?
精霊はエルフのように固有名詞を使わないことも多い。おじい様が絡んでいるから聞き返したい。でも、精霊はそのまま話を続けてしまう。
『人に捕まって、いっぱい……いっぱい叫んでた……』
……きっと、ダンジョンの情報を引き出すために、すごく厳しい拷問だったのよね……
『「精霊になる?」ってささやいたけど、ならないって……ずっと辛いのに……』
「ああ、ごめんね。話してくれてありがとう」
その悲しさに引きずられるように、あたしまで涙が溢れてくる。
この子はずっとそばにいて、お兄様を助けたいっていろいろと頑張っていたのね。
深呼吸をして、引きずられてしまった気持ちを落ち着ける。
あたしが残していったダンジョンを使ったことで、お兄様はこの事態を引き寄せてしまった。それは間違いない。
もうすでに反応がないほど心も壊れてしまっているのであれば……
「届かないかもしれないけど、言葉は届けてくれる?」
『うん、届ける』
「周りに人がいないときに『お兄様』って何度か呼びかけてみて」
『わかった』
「反応があったら、その言葉を教えて」
お兄様の魔力がなくても話しかけられるよう、魔力を多めに渡してしばらく待つ。
言葉に反応してくれないと、ここからでは何もできない。
『しゃべらないけど、見回した!』
反応があるなら、言葉は届く!
◇◇◇
……今、声が聞こえた?
『お兄様』
この呼び方をするのは……アルシェイラしかいない。
声が違うし、こんな場所にいるわけがない……
いないと思っているのに、目を開けて周りを見回してしまう。
……やっぱりいない……
わずかな期待が消え、再び意識を曖昧にすると、また声がする。
『お兄様、目の前にいる光の精霊は見えますか?』
「……光の……精霊……」
目の前に浮かぶ光に手を伸ばすとふるりと震えて喜びの感情を伝えてくる。
『少し待ってて』
言葉を残して光が消える。
……? こちらから魔力を渡していないはずなのに、会話できている?
再び光の精霊が戻ってきて言葉を伝えてくる。
『光の精霊に言葉を届けてもらっています。言葉は理解できていますか?』
……なんだ、その質問は?
「理解できている。言葉を届けているのはアルシェイラなのだな?」
本当にアルシェイラなら情報を話してしまったことを伝えなければ……
『ええ、アルシェイラです。会話ができるのであれば、いくつか聞きたいことがあります』
「すまない。先に伝えさせて欲しい。耐え切れずにアルシェイラの名や特徴を話してしまった。狙われるかもしれない」
『大丈夫です。お兄様が捕まる前に一度狙われて、追い返していますから。むしろ、あたしが捕まらなかったから、みんなが狙われたのだと思う……』
あんなに執拗に聞いてきたのに、すでに知っていた?
『迷宮をあたししか作れないと知らないから、他のエルフを狙ったのではないかと』
……ああ、それで、迷宮を作れるのは何人いる? と何度も聞いてきたわけか……
「……そうか……アルシェイラが無事なら、いい……」
『お兄様……おじい様は、迷宮を使うことを容認していたの?』
アルシェイラは迷宮を使っていたことを知っている?
「……いや、族長には見つからないように動かしていた……」
『……おじい様はどこに行ったの……?』
どう伝えたらいいのか……いや、変に考えるより起きたことそのまま伝えた方がいいだろう。
「……アルシェイラの残したものを壊したくないから、結界で切り離すと言っていた。そして、迷宮と共に消えた」
消えるべきなのは、自分だったのに……
「命を代償にすると言っていた。だから……もう戻らない……」
すぐに返ってきていた言葉が途切れる。
『……あたしが、おじい様とアイラを殺した……ルミシルヴァも……』
「違うっ! お前だけのせいじゃない。自分も、魔素を使うと知っていながら使ったから……」
『……そうね……あたしとお兄様が迷宮を使ったせいだわ……』
……そうだ。
『お兄様。お兄様はそこにいてやらなければならないことがあるの?』
「……いや……何も、ない……」
もう何も……守らなければならないものも、なくなった……アイラも、殺した……
『Arselionë Valserië Lumisilva』
心臓が跳ねる。
真名を入力したときのように、魂を掴まれた感覚がする。
「なぜ……その名を……」
『どこに使ったのか、本人が一番理解しているでしょう?』
それは、そうだが……アルシェイラはルミシルヴァには戻っていないはずだ。どのようにして知った?
『もうそこに縛られる必要はない』
「……アルシェイラ……」
『Arselionë Valserië Lumisilva……精霊として還りなさい』
自分に降る祝福の光が一つに集まって体を包む。
ああ、これは、アイラの時にも見た光景だ。少しずつ、自分の境界があいまいになっていく。でも不思議と意識が遠のくわけではない。むしろ先ほどまでの状態と比べるとすっきりしている。
『帰ろう』
光として見えているはずなのに手を差し伸べられている気がして、こちらからも手を伸ばして触れ合う。
光に満ちて、世界が変わった。
泣いてしゃくりあげる声が聞こえる。
「……おじい様……お兄様……アイラ……ごめんなさい……ごめんなさい……みんな、あたしの欲望にまきこんだ……」
違う。少なくとも自分のことは自分が招いた結果だ。アルシェイラが気にすることじゃない。
アルシェイラが涙を散らしながら首を振る。
「違うの……それでもあたしは欲望を止められないの……ダンジョンを、作りたいの……あたしの、大事なものを奪った者を許せない! 復讐したい!」
ああ……こんな想いを一人で抱えていたのだな。
……どれほど自分の意識が残るのかはわからない。
それでも、精霊として見守ってやる。だから、アルシェイラの好きに生きるがいい。
伝わるかはわからない。
それでも頭を撫でてやる。幼い頃に、何度もそうしてやったように……




