第114話 フェルシルヴァ族長の帰還
執務室の設計が一段落したところで、本来の目的を切り出す。
「レオンハルト様。お願いしたいことがあるのですが……」
「珍しいですね。叶えられることならぜひ協力させてください」
「辺境伯様の管理する書物の中に、『呪い』や『呪物』に関する書がありましたら読ませていただきたいのです」
できれば呪いの効力や呪いそのものを研究した書であればいいのだけど、専門的すぎて揃えていないと思うのよね。
でも、今はとにかく呪いに関する知識が足りない。少しでも理解につながる何かが欲しい。
「呪い……さすがに、なぜそのような書が必要なのか、お伺いしても?」
「詳しくはお話できません。ただ、あたし自身を守るために必要なんです」
詳しく話せば精霊やエルフの弱点を伝えることになる。
あたしが守るために必要にしている時点で言っているようなものなのだけど、はっきり教えるのと、相手に推測させるのとでは違う。
「承知しました。ただ、書物庫には望むような書があった記憶がありません。もしかしたら、王都へ相談を持ち掛けるかもしれませんが、よろしいでしょうか?」
「はい。その場合は呪いに関する研究書であると嬉しいですね。呪いとは何か、を理解したいのです」
そんな専門的な書なんて一般的に出回らない。せっかく王都にまで話がいくのであれば、より詳しい書を希望する方がいいだろう。呪いや毒など人を害するものの研究なら国で管理しているはずだ。禁書になってなければいいのだけど……
「準備していただけるのでしたら、今まで保留にしていた報酬としてください」
「父上がどのように支払うか、頭を悩ませていたので助かります」
レオンハルト様から苦笑がもれる。
そんなに悩んでいたのね。だから報酬はいらないって言っているのだけど……今回役に立つからいいかな。
届く書の内容次第だけど、これで解呪の魔法陣の完成に一歩近づく。
あとはエルヴァリエルで何が起こったのか、情報が欲しい……呪いに続いてすぐにエルヴァリエルのことを聞くのは得策ではないわね。そもそも、バルディウス辺境とエルヴァリエルに接点がない。大した情報が得られるとは思えない。
辺境伯様たちから聞くのは後にして、なんとかして別ルートで入手しなければ……どこから入手するのがいいのかしら?
◇◇◇
エルフの森の外縁部から少し内側でフェルシルヴァの族長が解放された。
族長はついてきている人間がいないか、警戒しつつも、結界の中にある部族の印を探す。そして部族の印を見つけたところで改めて見回し、精霊にも確認する。
「……精霊、周りに人間はいないな?」
『いない』
精霊の返事を聞き、ようやく体から緊張が抜ける。
「……帰って……きた……」
結界に入り、印に沿ってまっすぐにフェルシルヴァの集落へと向かう。
もうすぐ集落に着くかというところで、見張りに立っていたであろう部族の者たちが走り寄ってきた。
「族長! よかった! 戻られたのですね!」
「若長の元へ! 誰か、先に知らせに走れ!」
よほどふらついていたのか、左右から支えられて歩く。
捕らえられたときは薄かった魔素も、森へ戻ると再び満ちていた。森全体に満ちて、精霊も多く遊んでいる。
これだけ魔素が戻っているなら、結界が乱れることもないだろう。
「族長! よく、よく無事で!」
「ああ、帰ってこれた……」
なぜ、急に解放することにしたのかわからないが。とりあえずは帰ってこれたことを喜ぼう。
「少し休んだらエルヴァリエルの族長の元へ行く。もうしばらくは頼んだ」
「はい!」
……あそこで何があったのか思い出したくもないが、人間がどのようなことを知りたがっているのか。どれだけのことを話してしまったのかは、知らせなければならない。
フェルシルヴァの族長が戻ったその足で攫われた先で何があったのか、報告に来た。フェルシルヴァの族長は柔和な表情を絶やさない人だったのだが、頬がこけ、視線だけが鋭く、笑みもない。それだけで、よほどのことがあったのだとわかる。
「……やはり結界のことは聞かれたか……」
「はい。何度も、話すまで、繰り返し聞いてきます」
フェルシルヴァの族長が戻り、何があったか話してくれたが、とてもではないが聞くに堪えない。やはり、人間は距離を置くべき存在だな。
「まとめるとエルフの暮らしや交易、結界のこと……か……」
「森の守りについてはできる限りで話していません。ただ、朦朧としてくると……どうしても苦痛から逃れたく……結界が古代からあるもので魔素が必要であることと、内側から操作できることは……話してしまいました」
仕方がないと思う反面、結界が操作できることは知られたくなかったとも思う。また精霊を盾に取られて解除を迫られたら……もうどうしようもない。
とはいえ、今ここで何を言ったところで変わるわけでもない。それよりも確認したいことがある。
「フェルシルヴァの族長が連れ去られてから、ルミシルヴァの若長とその娘が人間に連れて行かれた。姿を見ていないか?」
「ルミシルヴァの若長と娘ですか? いえ、外では他のエルフに会っていません」
フェルシルヴァの族長はすぐに否定する。
「……姿は見ていませんが、一度、女の悲鳴と、男のうめき声のようなものが遠くから聞こえたことがあります」
何日前のことか、どれくらい続いていたかは曖昧だが、半日ほど悲鳴が聞こえていたはずだという。
「聞こえたのはその一回だけです。悲鳴が聞こえただけで、それがエルフだったのかも、詳しいことは、わかりません」
それだけのことを話す間もフェルシルヴァの族長の体は震えている。わからないことに対して、これ以上詳しく聞き出すのは酷なことだろう。
人間が娘のもつ祝福の価値まで理解しているとは思えない。
こちらの言うことを聞かせるために利用されることはないだろう。だが、若長の娘として利用されたとしたら……どんな目に遭っていることか、想像もできない。
フェルシルヴァの族長のように、無事に戻れば良いのだが……




