第111話 アイラとの別れ
アイラへの拷問が始まり、回復ポーションが使われる頃、アルセラにもアイラの危機が伝わっていた。
『アルシェイラ』
いつも冷静な精霊から慌てたような、悲しい気持ちが流れてくる。
「何かあったの?」
世界樹が弱ったことに続いて、先日は呪いの影響を受けていると聞いた。おかしなことが続いている。嫌な予感しかしない。
『あの子が……死にそう……』
頭が真っ白になる。
光の精霊が言うあの子って……アイラよね?
「死にそう? どうして? アイラに何が起こっているの!?」
エルフの森で死にそうな状況になるって、考えられない。病気にでもなったの?
『人に捕まってる。ずっといじめられてる』
待って、待って……どうしてそんな状況に!?
頭が混乱する。
エルフの森の結界があれば人間は入れないはず。だから、アイラが人に捕まる状況がわからない。
世界樹が弱ったときに、アイラと光の精霊の繋がりを利用してあたしの祝福と魔力を届けた。それを見て、少なくともエルヴァリエルの族長がアイラを放っておくはずがない。
世界樹を救った重要人物のはずなのに、どうして人に捕まる状況になるの?
『傷は治る。でも、何度もいじめられてる……とても弱ってる』
違うわ。今はどうしてそうなったかじゃない。どうやってアイラを救うかだわ。
頭を振って、今考えたところで答えの出ない疑問を振り払う。そして、自分の考えを整理するためにも光の精霊に質問を重ねる。
「助けに入ることは?」
『呼んでくれない』
「呼ばれたら行けるのね!?」
『行く』
「行った先で、守る手段はあるの?」
『精霊の力で包める』
……なんか不安だわ。いや、精霊の力って強いんだけど。
んーと……たしか古代遺跡の結界に精霊の力と魔力を使うものがあったはず……
マジックバッグから関連する書き付けを出して、記憶と間違いないか確認する。
うん、これならいける。
「光の精霊、この結界を覚えて」
実際に精霊に働きかけて結界を張ってみせる。
「この結界を張って! アイラを中心に結界を大きくしていって、アイラをいじめている人間を弾き飛ばして! 結界を張るときはアイラの魔力は使わないで、あたしの魔力を使って!」
アイラが今どれくらい弱っているのかわからない。もしかしたら、アイラの魔力を使うと状態が余計に悪化するかもしれない。だからあたしの魔力を使ってもらう。
『アルシェイラ、倒れない?』
「今負担がかかっているように見える?」
『……大丈夫そう……』
……もしかして、呪いのときにすぐに言わなかったのって、あたしが倒れると思ったから?
『呼ばれた!』
光の精霊が目の前から消える。
あたしもアイラのそばに行きたいけど、そんな手段は何一つ思いつかない。無力だわ……
繋がった先ですぐに魔力が使われたのを感じた。無意識に胸の前で手を組む。
どうか……どうか無事で。
何もできないもどかしさに他のことは何一つ手につかず、その場でただ祈っていた。
祈る時間は、それほど長くなかった。
もっと長時間、どうなっているのかわからずにただ祈り続けるしかないと思っていた。
なのに……すぐに光の精霊が戻ってきた。
「……早くない?」
心臓の音がうるさい。
やだ……考えたくない……間に合わなかったの?
それとも、誰か助けに入った?
光の精霊の横に小さな光が見える。
……見えてしまった……
涙が溢れてくる。
『精霊になった』
どうして……
どうして?
どうして!?
小さな光がこちらに飛んでくる。
わかってしまう。これがアイラだと。
だって、アイラが子供の時、ずっと抱いていた。
下ろすとすぐに泣くから、困りながらもずっと、ずっと抱いていた。
そのときに感じた魔力と、一緒。
そばにきて、光がふるりと震える。
ああ、そうね。まだ百歳に満たない。
意思を伝えられないのね……
光に手を伸ばして撫でる。けれど、触れられずに手が通り抜けていく。
「ごめん……ごめんね……」
ルミシルヴァを出る時に森のことなど考えずに一緒に連れてきていれば……
あの時……あたしが追放を選ばなければ……
きっと……成人を一緒に祝っていたのに……
小さな光は名残惜しそうに何度もあたしの周りを飛ぶ。
しばらく光の気の向くままにしていると、ふいにアイラの魔力が感じられなくなり、光が消えて見えなくなった。
「意思のない精霊は、自然に還る。そうだったわね……?」
『うん、もうあの子にはアルシェイラのそばにいたいって思いもない』
「そう……」
ある意味、最後を見送れたと思うべきなのかもしれない。
だけど、そんな簡単に割り切れるわけがない。
控えめなノックが聞こえる。
「アルセラ様? お食事の時間ですが……」
「ごめん、ミア。入ってこないで!」
とまどう気配を感じる。
「……今夜は、一人にして……声が聞こえても、聞こえないフリして……」
「……わかりました」
もうすでに涙声だ。何か察してくれたのだろう。
すぐに足音が遠ざかっていく。
再び静寂が訪れると、止まっていた涙が溢れ出した。
ベッドに上がって、膝を抱えて座る。そのまま顔を埋め、静かに涙を流し続けた。
『すぐに会える場所にいるのと会えない場所にいるのでは全然違うよ!』
ルミシルヴァから出る前に言われたアイラの言葉を思い出す。
「……会える場所にいたら……助けられたのかなぁ……?」
アイラの言う通り、あたしはばかだ。
無事は精霊に聞いたらわかる。
でも無事じゃないってわかったときに離れていたら何もできない。
それが実際に起こってからしか、理解できないなんて……
「ばかだわ……ほんとうに……」
愛しているなら離れるべきではなかった。
でも、でもそれでも……
あたしはきっと……何度でも追放を選ぶ。
ほんと、どうしようもない……
「ごめん……ごめんね……アイラ……」
大好きだよ。
ずっと。
ずっと……




