第107話 エルヴァリエル族長の誤算
アルセリオンはエルフの森の結界付近まで移動するために、精霊の小径を通ってフェルシルヴァの近くまで来ていた。
この小径を使うのも、今日で最後か。
フェルシルヴァの領域を示す印のそばから二人の男が出てくる。
エルヴァリエルの族長と挨拶を交わし、こちらを睨みつけているあたり、追放の見届け役だろうな。
別にエルフの森にとどまるつもりはない。放逐してもらえたら、勝手にどこにでも行くのだが……
そんな視線は気にせずに結界に向かって歩く。
結界から出てしばらくしたところで呼びかけられ、足を止めて振り返る。
「これでお前は追放となった。もう結界の中に戻ることは許されない」
エルヴァリエルの族長が処分を宣言する。それだけかと思っていたら言葉が続けられた。
「人間が『ルミシルヴァの若長』を探している」
足元に何かがまとわりつく。足を動かしてみるが、全く動かせる気がしない。
この感じは風の精霊だろうか?
「いつまでも人間に探られるのは迷惑だ。お前はここで人間に回収させる。人間がお前を捕らえるまでその風の拘束は続く」
……間接的に人間へ引き渡すのか。
「フェルシルヴァの族長が捕まってまだ戻らない」
こちらを睨みつけていた男が吐き捨てるように言う。
「人間はいまだに一日に何度もフェルシルヴァの近くに来ている。そう時間はかからないはずだ。確実に人間に捕まるまで見届ける」
……そうか……結界が消えて、フェルシルヴァの位置を把握されたのか。一度繋がったなら、また繋がると思うのも当然だろうな。
ならこのまま待てばいいのだな?
生まれ育った森を追放ともなればもっと心がざわつくかと思っていたのだが、特に何も感じない。
思えばアレが……迷宮が結界に包まれて消えたあの時から、全てがどうでもよくなった気がする。
どれくらいの時間が経ったのか……風に揺れる葉擦れの音に足音が混ざる。
やっと人間が来たのか?
「若長」
幻聴だろうか? アイラの声が聞こえたような?
うつむけていた顔を声が聞こえた方へ向けると、そこには光の精霊が集まっている。
「よかった。遅くなったから、もう行ってしまったのかと思った」
光の精霊が解けてアイラの姿が見えるようになった。
「……なぜ……ここに?」
なぜここにアイラがいる? エルヴァリエルにいるはずだろう?
いや、待て。ここは結界の外だ。しかもエルフを連れ去るような人間がうろついているというのに!
「すぐに結界の中に戻れ!」
アイラを連れて結界へ向かいたいが、風の精霊に阻まれて足が動かない。族長に連れ戻してもらおうと結界を見るが、こちらに来ようとする族長を二人の男が押さえて阻んでいる。
何をしているんだ!? どちらかがこちらに来てアイラを連れて行ってくれ!
「……おじい様も、お母様も……簡単に置き去っていった……」
……何を言っている?
「みんな……そんなに私が邪魔なの?」
違う! どうしてそうなる!?
できることならそばにいてやりたい。だが、外はダメだ。特に自分のそばにいればどんな目に遭うことか……
「……ああ、そうだ。アイラも嫌っていたのだからちょうどいいだろう?」
だから早く……早く結界の中へ戻ってくれ!
「アイラはエルフの森に必要な存在だ。追放されるものに構わず戻れ」
「私がエルフの森に必要だというのなら、もっと大きな力を持っていたお母様をどうして追放したの!?」
こんな問答をしている場合じゃない。どう言ったら戻ってくれるんだ?
「アルシェイラが追放を望んだからだ」
もともと外に出たいと匂わせる言動はしていた。だが、アルシェイラはいつも諦めた目で「仕方ない」と呟き、没頭できることを見つけて集中していた。
あの祝福の強さでは気軽に外に行ってこい、なんて言えるわけもない。だから族長も好きなように過ごさせていたのだが……まさか、こんな大事になるとは思いもしなかった。
「……じゃあ、私も追放を選べば、ついていけるよね?」
「それはダメだ!」
「そんなことを許せるわけがないだろう!」
「え……? エルヴァリエルの族長?」
……今まで気がついてなかったのか……
アイラの後ろにある木から人影がのぞく。
もしかして人間か!? このタイミングで!? まずい、アイラを何とかして結界へ入れないと……
「少し乱暴になるが……風の精霊! 娘をこちらに吹き飛ばせ!」
「きゃっ!」
「おっと……それは困るな」
アイラの悲鳴とどこかおどけたような声が聞こえると同時に風の塊が通り抜けた。体は煽られるが、それでも足は動かない。
「……アイラ!」
吹き荒れる風に目を開けていられない。
アイラはどうなった?
なんとか薄目を開けて確認をしようとするも、突然後ろからうつぶせに倒され、首を押さえつけられる。
「ぐっ……」
倒された瞬間に風の精霊に固定されていた足は自由になったのだが、今度は首を強く押さえつけられていて全く身動きがとれない。
「あああああぁっ!」
アイラの苦しそうな悲鳴が響き渡る。一体、何が起こっている!?
手足を動かせるだけ動かしてみるが抵抗にもならない。顔も動かせず、アイラがどうなっているのか確認もできない。
「やめろっ! お前たちの目的はそこのルミシルヴァの若長だろう!? その娘に手を出すな!」
エルヴァリエルの族長が結界の中から叫ぶが全く気にしていないようだ。
「あ? 気絶した。ずいぶん効果があるな」
「深く傷つけたわけじゃないだろうな?」
「手の薄皮をちょっと切っただけだ」
そんなやりとりの後に腕に鋭い痛みが走る。
その途端、真名で契約したときのような魂を縛る感覚と、その縛ったものがじわじわと魂を蝕んでくるような感覚に意識が塗りつぶされそうになる。
「うぐ……っ!」
まさか、アイラにもこれを?
「こっちは気絶しないな」
汗が噴き出している気がするが、それを拭う手は動かせない。頭はぐらぐらとしていて、なにも……考えたくない……
「ふむ……ずいぶん効き目にばらつきがあるな……朦朧としていて、これでは道中の尋問はできない」
「またエルフの捕獲なんて指令がくるから、前と同じように失敗するかと……今回はすんなり捕まえられたな」
「無駄口叩いてないで運べ」
「これでエルフの捕獲は完了でいいんだよな?」
「目の前まで連れていくまでが任務だ」
荷袋のように肩に担ぎ上げられて苦しいが、ただうめき声がもれるだけで指一つ動かす気力がわかない。
「待て! その娘は置いていけ!」
「長っ! それ以上は結界から出ます! ダメですって!」
「離せっ! あの娘だけはっ! あの娘だけは取り戻さないと!」
「そんなに大事ならここまで取りにこいよ」
小声で「そしたら捕まえてやる」と聞こえる。どうしたってアイラを離すつもりはないらしい。
なぜこうなった?
自分だけならいい。でもアイラは、エルフの森で静かに暮らして欲しかった……たとえ祝福をつなぐためだけに生かされるのだとしても……




