第104話 アイラ1
アイラが目を覚ますと見慣れない装飾が目に入ってくる。
あれは……エルヴァリエルの印だったっけ?
どこか頭にもやがかかったような、はっきりしない意識のまま部屋を見回していると、誰かが部屋に入ってくる。
「ああ、目が覚めましたね。気分が悪いとか、痛い場所とか、ありますか?」
「……ありません。大丈夫です……」
「ふふ、まだ少しぼんやりとしていますね。軽い食事を準備しますから、食べてもう少し眠ってください。無理して起き上がらないでくださいね」
意識は覚めたのに、体が起き上がろうとしない。お言葉に甘えてそのままぼんやりと天井を見る。
世界樹、もう大丈夫なのかな?
精霊が来てくれてからずっとお母様の魔力に耐えるので精一杯で、周りを見る余裕なんてこれっぽちもなかった。
……お母様の魔力……そばにいるときはあんな大きな魔力を感じたことなんてなかったのに……精霊の魔力も上乗せされていたのかな?
開けたままとなっていた扉から軽くノックの音が聞こえる。そちらを見ると、エルヴァリエルの族長が入ってくるところだった。
慌てて上半身だけでも、と起き上がる。
「無理して起き上がらなくても楽な格好でいい。いろいろと気になって、確認したくてな……」
「ぞーくーちょー?」
先ほどの女性がにこりと笑ったまま低い声を響かせ、族長の肩がびくりと震える。
「まだ本調子ではない女の子の部屋に押し入るとは、どのようなおつもりで?」
「あ……いや、いろいろと聞きたいことが……」
「それは、今すぐ、必要な、情報ですか?」
一言ずつ区切って言葉で圧力をかけられて、族長はわずかに後退る。
「……出直してくる……騒がせてすまなかったな」
「あ、いえ」
「族長がそばにいると休めないですから、ほらほら、すぐに出てください」
……あのいつも凛とした印象の族長が……まるで子供扱いだわ……
「あんな空気の読めない人はほっといていいですからね。今はゆっくり体を休める方が先ですよ」
「……ありがとうございます」
部族の中だから気を緩めているのかしら?
族長たちはどこか重い雰囲気の方ばかりだから、姿を見るだけでも緊張するのだけど……なんだか親近感が湧いたといったら失礼かな?
でも、聞きたいことってなんだろう? あ、その時に世界樹の話も聞けるかしら?
「はい、考えるのは明日ね。ゆっくりご飯を食べて、眠って休むのが今日のお仕事よ」
「はい、いただきます」
準備された食事を膝に乗せ、ゆっくりと食べる。半分くらい食べたところでとろりと意識が沈み始めた。もう少し食べたいのに瞼が落ちてくる。
「そのまま、眠ってしまいましょうね」
残っていた食事はお盆ごと回収されて、横になる。心地よいまどろみに身を任せて眠りについた。
目を覚まし、ずいぶんと頭も体もすっきりしたと伸びをしながら起き上がる。
すると扉の向こうから声が聞こえた。
「族長、何度も女の子が眠っているところに押し入るとはいい度胸ですね?」
「……いや、その言い方は語弊が……」
「まだ長時間起きているのは辛そうだから今日も一日ダメです! お話できるようになったら呼びますから、部屋に戻って仕事してください!」
会話から想像する族長の姿が、自分の記憶とはかけ離れていって、なんだか笑ってしまう。
「起きましたね。ちゃんと邪魔者は追い返しておきましたからね」
「おはようございます。その……族長とずいぶん親しいのですね?」
「子供の時から姉弟のように育ってますからね。逆に族長だからって偉ぶられるほうが違和感があるのよね」
軽く体の状態を診て、「大丈夫そうね」と言いながら椅子に促される。用意された食事をしながら話を聞く。
「魔力が枯渇した状態ではないみたいだから回復が早いけど、状況を聞く限りではいつもと違う魔力の使い方をしたから体がびっくりしているのね」
なるほど。あんな大量の魔力が巡るなんて、自分の魔力だけでは絶対にない。
普段使わないような大きな魔力を使うと、体内の魔力均衡が崩れることがあるらしく、今の状態は均衡が崩れた影響だろうとのことだった。
「今日はできるだけ起きていて、大丈夫そうなら明日、族長とお話をしてあげてくれる?」
今からでも大丈夫そうだけど、無理をしてぐったりしようものなら族長が怒られそうだ。今日もおとなしく休ませてもらおう。
部屋の前から追い返された翌朝、薬師から「もうお部屋に来て大丈夫です」と呼びに来たから、ルミシルヴァの娘の元へと向かう。
扉を軽くノックして部屋へ入る。
「おはようございます」
「ああ、おはよう。何度も押しかけてすまないな」
「いえ、お気になさらず。聞きたいことってなんでしょう?」
確認したいことがありすぎて、何から聞くべきか……
「世界樹で起こした現象を整理したい。まず、精霊王はいつでも呼び出せるのか?」
「精霊王?」
「精霊王」という呼び名に聞き覚えがないのか、首を傾げている。あれを精霊王だと認識していないのか?
「えっと……世界樹に来てくれた精霊は、普段はお母様のそばにいます。だからいつでも来てくれるわけではないです」
ルミシルヴァの娘が心から強く願い、精霊が認めたときだけ呼び出しに応じるらしい。今回は世界樹が絡んでいたから認められたというわけか。
「途中から増した魔力は光の娘のもので間違いないか?」
「はい、間違いありません」
「どのようにして離れた場所から魔力を届けた?」
「詳しくはわかりませんが……お母様のそばにいる精霊だから、魔力を託して届けてくれたのだと思います」
「光の娘に祝福を与えているのは光の精霊だけなのか?」
「風と水の祝福もあるそうですが……いつもそばにいるのは光の精霊だけだと聞いたことがあります」
精霊王と他の祝福で認識が違う?
精霊は見えなくても周りにたくさんいるものだ。祝福とは、本来は周囲の精霊から授かるものなのだが……どうもこの母娘は特定の精霊がそばにいるのが当たり前で、周りから授かる祝福とは別に捉えている気がする
その違いは精霊王だからだけなのか?
「たとえば、お前が子を成して祝福を継承したとして、その子供が光の娘のそばにいる精霊を呼び出すことは可能なのか?」
「……できないと思います。私の祝福は力を分けてもらったにすぎません。精霊に直接分けてもらったから繋がりはありますが……可能性があるとしたら子供自身が精霊に気に入られて力を分けてもらえた場合ではないかと……」
……つまり、精霊王に認められ、その力を授けられれば同じような繋がりが生まれる可能性はある、ということか。
世界樹の危機が再び訪れた時、精霊王を一人しか呼べないのではあまりにも危うい。今後のためにも精霊王を呼び出せる存在を増やしたいのだが、どのようにすれば精霊王に認められるのだろうか……




