第十話 久那原の地
取材データを消すことを諦めたその日の夕方、佐伯は、鳥越からの帰路にカーナビへ表示された地名を調べ始めた。
【久那原】
現行の住宅地図には載っていない。
遠守市が公開する地図にも、現在の地形図にも、同じ表記は見当たらなかった。
それにもかかわらず、鳥越から支局へ戻る途中、カーナビは確かにその名を表示した。道のない山中へ分岐を示し、その先に久那原という土地が存在するかのように案内した。
佐伯は、市の資料室から借りた旧真木野村の地籍図を長机へ広げた。及川は隣でパソコンを開き、年代の異なる地図と航空写真を呼び出している。
「ありました」
最初に地名を見つけたのは及川だった。
明治期に作られた旧真木野村の地籍図。その中央、五つの集落に囲まれた広い区画へ、薄い墨で三文字が記されている。
久那原。
郷も字も付いていない。ただ、その土地だけを指す名として書かれていた。
佐伯は、それより後に作られた地図を年代順に並べた。
大正期の地籍整理図では、同じ区画から地名が消えている。
昭和初期の村勢図にも記載はない。戦後の土地利用図、合併後の市域図、現在の住宅地図にも、久那原という名は一度も現れなかった。
「別の地名に変わったわけじゃない」
佐伯は明治の地籍図と、その次に作られた図面を見比べた。
「この場所だけ、途中から名前がなくなっている」
土地そのものが消えたわけではない。
境界線は残っている。周囲の五集落も、川も、山も記載されている。それなのに久那原に当たる区画だけが、何の名も持たない土地として扱われていた。
「明治の地籍図にしかない地名が、どうしてカーナビに出たんでしょう」
及川が言った。
佐伯は答えなかった。
鳥越からの帰路に表示された【久那原】という文字は、少なくとも現在の一般的な地図情報から拾われたものではないことになる。
何十年も前に公的な記録から消えた地名を、カーナビだけが知っていた。
及川は別の地形図を画面へ表示した。
「地名はありませんが、地形自体は載っています」
昭和以降に作製された地形図には、久那原の内部にも等高線が引かれていた。
南北に長い平地を低い丘陵が囲み、中央には細い川が流れている。周囲の山腹に比べて傾斜は緩く、五集落の中央には不釣り合いなほど広い平坦地が横たわっていた。
地名が消えた後も、土地は地図の上に残っている。
「誰かが中へ入って測ったということですよね」
「最初の地形図が正しいならな」
佐伯は、年代の異なる図面を並べた。
明治末期に作られた地形図。
昭和初期の改訂版。
戦後の修正版。
市町村合併後に作られた地図。
さらに現在の地形情報。
周囲の記載は、年代ごとに変化していた。
影平側では林道が延び、伐採によって山の記号が変わっている。水上側では護岸工事によって川筋が修正され、鳥越側には送電線と管理道が書き加えられていた。
建物が増え、道が廃れ、河川の形も少しずつ変わっている。
ところが、久那原の内部だけは変化していなかった。
等高線のわずかな歪みも、川の曲がり方も、最初期の地形図と一致している。
地形が偶然変わらなかった、という程度の一致ではない。線の癖まで同じだった。後年の地図は、現地を測り直したのではなく、古い図面の該当部分だけをそのまま写し続けたように見えた。
「地形が変わらなかっただけでは?」
佐伯が言うと、及川は首を振った。
「それでも、再測した記録は残るはずです」
市に保存されていた測量成果簿には、周辺地域の調査内容が細かく記載されていた。
どの道から調査区域へ入ったか。
どの場所に測量標を置いたか。
どの基準点から高低差を測ったか。
河川のどこで距離を取り、どの斜面へ補助点を設けたか。
周辺の記録は、年代ごとに残されている。
しかし、久那原についての記録だけがなかった。
最初の地形図を作製した際の測量野帳は見つからない。区域内に設置されたはずの水準点や補助点の番号も残されていなかった。
後年の再測記録にも、久那原へ入ったことを示す経路や作業日誌はない。
「測量した結果はあるのに、測量した記録がない」
佐伯は言った。
「一度目の図面だけが残って、その後は誰も確かめていない」
「確かめなかったのか」
及川は画面に重ねた地形図を見つめた。
「確かめられなかったのか」
最初の調査で何があったのかは分からない。
事故の記録はない。
測量員が負傷したという報告も、行方不明者が出たという届けも見つからなかった。
ただ、その一度を境に、地図から名前が消えた。
以後の測量では周囲だけが更新され、久那原の内側には、人が立ち入って測り直した痕跡が残されていない。
地図には描かれている。
しかし、その地形が現在も同じなのかを、誰も確かめていない。
存在しているのに、新しい記録を受け付けない土地。
佐伯は、明治の地籍図に残された三文字を見つめた。
久那原。
忘れられたのではない。
忘れたことにされているように見えた。
*
地形そのものに、土地が放置された理由は見当たらなかった。
久那原は南北に長く、周囲を低い山と丘陵に囲まれている。中央には細い川が通り、傾斜も緩い。
少なくとも古い図面だけを見れば、五集落周辺では、むしろ農地や住宅に適した場所だった。
「湿地ではありません」
及川が地質資料を確認した。
「地盤が特別弱いわけでもない。洪水の記録も、水上の方が多いです」
「耕作された記録は?」
「見つかりません」
明治から昭和初期にかけて、山間部では、少しでも耕作に使える土地があれば開墾された。戦後の食糧難には、斜面や河原近くまで畑へ変えられている。
それでも久那原には、水田も畑も作られていなかった。
入植地になった記録もない。
住宅不足の時代にも宅地化されず、工場や墓地、廃棄物処分場といった、人里から離して置かれがちな施設さえ建てられていない。
「所有者は?」
「資料ごとに曖昧です。五集落の共有地に含まれているようにも見えますが、旧真木野村の村有地として処理された時期もある。地番が分かれた形跡はあるのに、売買や相続の記録がほとんどありません」
「境界争いは?」
「ありません」
「土地が足りなかった時代にも、誰も欲しがらなかった?」
「少なくとも、欲しいと申し出た記録は残っていません」
山間部の広い平地を、五つの集落が何世代にもわたって利用しなかった。
誰も開墾しない。
誰も家を建てない。
所有権を主張する者もいない。
価値がないから放置された土地ではなかった。
価値があるにもかかわらず、使われなかった土地だった。
避けられてきた。
そう考える以外に、この空白を説明する言葉はなかった。
佐伯は現在の道路図を広げた。
水上から影平へ向かう道路は、久那原の南側で大きく曲がっている。
影平から鳥越へ続く林道も、中央へ入る直前で不自然に尾根へ上がる。
日向から真木野へ向かう旧道は、久那原の東端に沿い、半円を描くように迂回していた。
「中央を横切れば、もっと近い」
「かなり短縮できます」
及川が距離を測った。
「水上と真木野の間は、今の道だと約十二キロあります。中央を抜ければ、半分以下です」
新しい県道だけではなかった。
明治期の里道も久那原を避けている。大正期に炭や木材を運んだ道も、戦後に整備された農道も、送電線の管理道さえ、中央の平地へ入る手前で方向を変えていた。
時代も、道を造った者も、その目的も異なる。
それにもかかわらず、すべての道が、久那原へ入ることだけは避けていた。
佐伯は五集落の位置を鉛筆で囲んだ。
水上。
影平。
鳥越。
日向。
真木野。
五つの集落は、中央の久那原を取り囲むように配置されている。
「道路が避けているというより」
及川が地図へ身を寄せた。
「五つの集落が、ここを囲んでいるように見えます」
佐伯は手を止めた。
水上は、中央から流れ出る水を受ける低地にある。
影平は西側の山腹。
鳥越は南へ抜ける峠。
日向は東側の斜面。
真木野は北側の高台。
偶然に散らばっているのではない。
中央から外へ通じる水路、山道、峠、斜面、北側の出口を、それぞれの集落が押さえるように存在している。
「真木野中学校は」
及川が現在の航空写真を拡大した。
校舎は真木野集落の南端、久那原の北端に接する高台へ建てられている。
五集落から延びる道が合流し、中央の平地へ下る古い道の始点に当たる場所だった。
「学校が久那原を封じていた?」
「そこまでは分からない」
佐伯は校舎の位置を指した。
「ただ、学校は中央ではなく、縁にある」
「入口に見えますね」
「少なくとも、久那原と五集落の間に置かれている」
昭和六十三年、五つの節が一つの発表として並べられた場所。
生徒たちの歌が途切れた後も、三田園だけが舞台で歌い続けていたとされる場所。
その学校が久那原を抑えていたのか。
三田園に起きた何かを、その場所へ留めていたのか。
あるいは、五つを結ぶために使われただけなのか。
どれも推測にすぎない。
学校がその場所に建てられた理由さえ、佐伯たちはまだ知らない。
ただ、解体準備が始まった時期と、三集落の異変が目立ち始めた時期が重なっている以上、無関係と考えることも難しかった。
「佐伯さん」
及川が、地図の脇に置かれていた手帳を指した。
水上で濡れたページが開いている。
五集落の名前を結んでいた黒い線。
その形は、現在の道路図とほぼ一致していた。
水上から影平へ。
影平から鳥越へ。
鳥越から日向へ。
日向から真木野へ。
真木野から水上へ。
道路は久那原を避けながら五集落をつなぎ、大きな輪を作っている。
手帳の線は、その輪を正確になぞっていた。
「自分で描いたんですか」
「覚えていない」
「でも、道路の形を知っていた」
「今日初めて調べた」
佐伯は手帳を地図の上へ重ねた。
黒い線の内側。
久那原に当たる位置へ、小さな染みが浮かんでいた。
最初は、水濡れの跡にしか見えなかった。
しかし染みはゆっくりと輪郭を変え、二つの文字になった。
三つ。
及川が覗き込む。
「何か書いてありますか」
「見えないのか」
「水の染みにしか見えません」
佐伯には、はっきりと読めた。
三つ。
その下へ、さらに文字が浮かぶ。
戻る。
三つ、戻る。
何が戻ったのかは分からない。
三つの節なのか。
三つの集落に分かれていた何かなのか。
それとも、佐伯自身が三つの怪異へ近づいたことを示しているのか。
支局の廊下から足音が聞こえた。
ゆっくりと、会議室へ近づいてくる。
田村が戻ったのかと思った。
しかし、足音に重なって聞こえる呼吸は、佐伯自身のものだった。
扉の向こうで、佐伯の声が言った。
「あと二つだ」
及川が椅子から立ち上がった。
「誰ですか」
返事はない。
扉を開けても、廊下には誰もいなかった。
ただ、窓から入る夕日の向きとは合わない長い影が、廊下の奥から会議室まで伸びていた。
影は地図の上へ入り、その頭を久那原の位置へ置いた。
右腕だけが、日向集落を指している。
「もう止めましょう」
及川が言った。
「少なくとも、これ以上、資料を一か所へ集めるのは危険です。三つが戻ったことで、次の場所が示されている」
「何が戻ったかも分からない」
「分からないから危険なんです」
佐伯は地図から目を離さなかった。
「俺が調べなくても、学校は壊される」
「でも、佐伯さんが調べることで、何かを早めているかもしれない」
「分かっている」
「分かっていません」
及川の声が強くなった。
「水上では、ガラスの中の佐伯さんが歌った。影平では、影が身体から離れた。鳥越では、声が本人より先に動いた。いまは、佐伯さんが知らなかった道路の形を、佐伯さんの手帳が先に描いている」
佐伯は、日向の資料を入れた封筒へ目を向けた。
「佐伯さんが真実を知りたいのか、それとも向こうが残りを集めさせようとしているのか、もう区別できないんです」
反論はできなかった。
佐伯自身にも分からない。
新聞記者として真相を追っている。
その気持ちは偽物ではない。
集落が子どもや若者を選び、その死を事故や失踪へ置き換えてきた事実は、記録されなければならないと思っている。
だが、調べるたびに節は見つかる。
失われていた記憶が、証言者たちへ戻る。
そして水、影、声という三つの異変が、佐伯自身の身体にも現れ始めている。
自分が五つを結び直しているのか。
何かに結び直させられているのか。
その違いは、すでに曖昧になり始めていた。
「それでも行くんですか」
及川が尋ねた。
佐伯はすぐには答えなかった。
地図の上では、身体から離れた影が日向を指している。
自分の意思で向かうのか。
怪異に導かれて向かうのか。
どちらであっても、日向へ行こうとしている事実だけは変わらなかった。
佐伯は封筒を手に取った。
「ここでやめたら、また同じだ」
過去に握り潰された記事が、脳裏へ戻ってきた。
掲載されなかった原稿。
異動させられた証言者。
何もなかったように発行された翌朝の新聞。
真実を隠した者たちへの嫌悪と、その後で沈黙した自分自身への嫌悪。
「あの人たちはまた、事故や失踪として片づけられる」
水へ消えた者。
影だけを残した者。
声だけを残した者。
集落を守るという名目で選ばれ、死んだ後まで本当の理由を記録されなかった者たち。
「都合の悪い事実を、なかったことにする側になってしまう」
及川は何も言わなかった。
佐伯は封筒を鞄へ入れた。
足元の影は、今度は遅れなかった。
本人より先に、日向の方角へ顔を向けていた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
第十話「久那原の地」をもちまして、『匿詩』第一章は一区切りとなります。
次回は本編をいったん離れ、第一章までに登場した人物、遠守市や旧真木野村、五つの集落、久那原、旧真木野中学校、これまでに確認された古歌の節などを整理した資料集を投稿します。
記憶や証言が入り組む物語のため、今後の調査を追う際の手引きとしてご覧いただければ幸いです。
ここまでの物語を面白いと感じていただけましたら、評価をいただけると、今後の執筆の励みになります。
第二章も、引き続きよろしくお願いいたします。




