↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界から来た七人は、まだボールを知らない――潮見ヶ丘高校サッカー部、最後の十一人  作者: Hamin
第1章 七人の転校生

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
7/29

6話 スタメン発表

七月の最後の金曜日。


練習のはじめに、菅野《すがの》先生が全員を集めた。

夕方なのに、空気はまだ昼の熱をたっぷりふくんでいた。グラウンドの向こうで、野球部の金属バットの音が、カーンと高く響いた。


「みんなに、二つお知らせがあります」


先生は、手もとの紙を見ながら言った。


「ひとつめ。部員が十六人になったので、サッカー部は同好会にならずにすみます。秋の選手権予選にも、正式にエントリーしました」


小日向《こひなた》が、「よっしゃあ!」と叫んで、隣のボルグの背中をたたいた。ボルグは、何のことかわからないまま、まねをして小日向の背中をたたき返した。小日向は三メートル吹っ飛んだ。


笑い声の中で、俺はカバンの中の封筒のことを考えていた。


七月末まで。十一人そろったら、破って捨てろ。

鉄平《てっぺい》先輩は、ゴールの前で黙ってグローブのひもを結んでいた。


「ふたつめ」


菅野先生の声に、みんなが静かになった。


「八月の終わりに、練習試合が決まりました。相手は、県立緑ヶ浜(みどりがはま)高校。去年の県大会で、ベスト32に入ったチームです」


緑ヶ浜。

俺たちが、去年の練習試合で1対5で負けた相手だ。


「その試合に向けて、今日から練習を、スタメン組と控え組に分けます。……先に言っておくと、うちは十六人しかいないから、全員が登録メンバーです。試合には、交代でみんな出てもらうつもりです」


先生は、そこで少し息を吸った。


「でも、最初にピッチに立つ十一人は、決めなきゃいけない」


グラウンドの空気が、ぴんと張りつめた。


◇ ◇ ◇


実は、その三日前。

俺は菅野先生に呼ばれて、職員室でこう言われていた。


「早瀬くん。スタメンの案を、出してくれないかな。キャプテンとして」


俺は、一晩かけて考えた。


戦術ノートを広げて、十六人の名前を書いた。体力テストの数字も、昨日までの練習も、全部思い出して、何度も消しては書いた。


そうしてできた十一人は――。


キーパーは、鉄平先輩。

ディフェンスに、大吾《だいご》、西村《にしむら》、ローデリック、ボルグ。

中盤に、俺、奏太《かなた》、タリク。

前線に、航平《こうへい》、ゼノ、それから小日向。


日本人が八人。七人の中からは、四人。


数字だけで選べば、七人を全員入れたほうが強いのは、わかっていた。

でも、それはできなかった。


航平を外したら。

小日向を外したら。

二年間いっしょに負けてきたやつらを、ベンチに座らせたら。


チームが、こわれる。そう思った。


俺はその紙を、菅野先生にわたした。

先生は、「ありがとう」と言って受け取った。


そのとき、先生の机の上に、もう一枚の紙があるのが見えた。


きれいな、整った字だった。

いちばん上に、名前が書いてあった。


『サフィール・オルド』


◇ ◇ ◇


「それでは、発表します」


菅野先生が、紙を読み上げ始めた。


「ゴールキーパー、大城鉄平くん」


鉄平先輩は、表情を変えずにうなずいた。


「ディフェンダー。ローデリックくん。ボルグくん。宮内大吾くん。ミロくん」


ミロ。

俺の案には、入っていない名前だった。


「ミッドフィールダー。サフィールくん。タリクくん。早瀬湊《はやせみなと》くん」


胸の奥が、ひやりとした。


「フォワード。ゼノくん。セリオくん。それから――白石奏太くん」


先生は、紙から顔を上げた。


「以上の十一人です」


誰も、動かなかった。


俺は、頭の中で数えた。

七人が、全員入っている。

日本人は、鉄平先輩、大吾、俺、奏太の四人。


航平の名前は、なかった。

小日向の名前も、西村の名前も。


これは、俺の案じゃない。


サフィールの案だ。


◇ ◇ ◇


「……ふざけんなよ」


最初に声を上げたのは、やっぱり航平だった。


「なんで俺が控えなんだよ。フォワードにセリオ? あいつ、トラップもできねえじゃん」


「戸田くん。セリオくんは、キックの精度が――」

「的当てとサッカーは、ちがうんだよ!」


航平の声が、グラウンドに響いた。


「先生、サッカー知らないでしょ。数字だけ見て決めたんでしょ。足が速いとか、的に当たるとか。そんなんで決めんなら、最初から俺たちなんかいらなかったじゃん!」


菅野先生は、何か言おうとして、口を閉じた。


「航平、やめろって」


小日向が、航平の腕をつかんだ。


「交代で、全員出られるって先生言ってたじゃん。俺たちも出られるって。な?」


「交代で出る?」


航平は、小日向の手をふりはらった。


「小日向、おまえはいいよな。今までずっとベンチだったんだから。でも俺は、0対6のときだって、フルで出てたんだよ。一年の夏から、ずっとフォワードだったんだよ」


航平の声が、ふるえた。


「それが、素人の控えかよ」


航平は、足もとのボールを思いきり蹴った。

ボールは、誰もいないゴールに突き刺さって、ネットを大きく揺らした。


「俺たちの二年間は、何だったんだよ……!」


航平は、そのまま背を向けて、部室のほうへ歩いていった。


誰も、追いかけなかった。

ゴールネットが、まだかすかに揺れていた。


大吾は、くちびるをかんで下を向いている。

西村は、腕を組んで、じっと地面を見ていた。

スタメンに入った奏太は、まるで自分が悪いことをしたみたいに、青い顔をしていた。


◇ ◇ ◇


「……ミナト」


重い沈黙をやぶったのは、ローデリックだった。


「あの男は、なぜ怒る」


ローデリックは、本当にわからないという顔をしていた。


「戦では、強い者が前に立つ。弱い者は後ろに下がる。それが、仲間を一人でも多く生かすための掟だ。当然のことであろう」


その言葉を聞いた瞬間、俺の中で、何かが切れた。


「ここは、戦場じゃない!」


自分でも驚くほど、大きな声が出た。


グラウンドの全員が、俺を見た。

ローデリックも、目を見開いていた。


「強いとか弱いとか、そんなことで決めるなら、サッカーじゃなくていいだろ! 航平は、二年間ずっと、このチームで点を取ってきたんだ! 負けても負けても、前に走ってきたんだよ! それを――」


そこまで言って、言葉が止まった。


それを、なんだ。

それを知らないおまえたちに、何がわかる?


でも、それを言ったら。

七人と俺たちの間の見えない線は、もう二度と消えない気がした。


ローデリックは、しばらく俺を見つめていた。

ゆっくりと、頭を下げた。


「……すまぬ。この世界の掟を、わたしはまだ知らぬ」


俺は、何も答えられないまま、グラウンドを出た。

背中に当たる西日が、やけに熱かった。


◇ ◇ ◇


夜。


俺は、家の近くの堤防《ていぼう》に座っていた。


目の前には、暗い海が広がっている。波の音が、ざあ、ざあ、と規則正しく聞こえる。潮の匂いが、昼間の熱をまだ少しだけ残した風といっしょに流れてきた。


ポケットのスマホが、短くふるえた。


航平からだった。


『八月の試合、行かねーかも』


返事を打とうとして、やめた。

何を書いても、うそになる気がした。


「ここにいたのか」


声がして、振り向いた。


堤防の上を、サフィールが歩いてきた。

七人は、学校の近くにある古い一軒家《いっけんや》で、いっしょに暮らしているらしい。この堤防は、その帰り道だった。


サフィールは、俺の隣に、少し間をあけて座った。


しばらく、二人とも黙っていた。


「……あれ、おまえが出した案だろ」


俺が言うと、サフィールはうなずいた。


「ああ。先生に頼まれた。おまえと、わたしと、両方に」

「なんで、七人全員入れたんだよ」

「数字が、そう言っていたからだ」


サフィールの声は、淡々としていた。


「速さ。高さ。精度。奪う力。この十一人が、いちばん強い。――少なくとも、紙の上では」


「紙の上では、か」


「ミナト。おまえの十一人と、わたしの十一人。今、試合をしたら、どちらが勝つと思う」


俺は、海を見たまま答えた。


「……おまえのほう」


言葉にすると、胸の奥が、ずきりと痛んだ。


「そうだな。わたしも、そう思う」


サフィールは、ひざを抱えた。

そして、少しだけ間をおいてから、言った。


「だが、わたしの十一人は、チームではない。……それも、わかっている」


俺は、思わずサフィールの横顔を見た。


月の光の中で、彼の目は、どこか遠くを見ていた。

まるで、ここではない、どこかを。


「わたしの国では、そういう戦い方しか、教わらなかった。一人ひとりが、最も強くあること。それが、勝つための唯一の方法だと」


サフィールは、立ち上がった。


「おまえの十一人には、わたしにない何かがある。それが何なのか、わたしはまだ、わからない」


そう言って、サフィールは堤防の上を帰っていった。


俺は、一人で海を見つめていた。


カバンの中には、まだ鉄平先輩の退部届が入っている。

今日、破るつもりだった。十一人どころか、十六人そろったのだから。


でも、練習のあと、鉄平先輩は俺にこう言った。


「それ、もう少し預かっといてくれ。……人数がそろっても、チームになったわけじゃないからな」


十六人。

数は、そろった。


でも、潮見ヶ丘高校サッカー部は、まっぷたつに割れたまま、八月を迎えようとしていた。


あなたの毎日に、思いがけない出会いが訪れますように。

第1章「七人の転校生」を最後まで読んでいただき、ありがとうございます!

ボールを知らない七人と、九人しかいないサッカー部。ここから物語がキックオフします。

物語を楽しんでいただけましたら、★評価やブックマークで応援していただけるとうれしいです。次のお話を書く大きな励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。