↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界から来た七人は、まだボールを知らない――潮見ヶ丘高校サッカー部、最後の十一人  作者: Hamin
第5章 最後の十一人

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
31/32

30話 県大会優勝

笛の音が消えたあと、ピッチの上には、二つの景色があった。


赤いユニフォームの十一人と、ベンチから飛び出してきた全員が、ひとつのかたまりになって、泣いて、叫んで、転がっていた。


白いユニフォームの十一人は、芝の上に、ばらばらに座りこんでいた。


アズラクは、ピッチのまんなかに、ひとりで立っていた。


空を見上げていた。

夕焼けが終わりかけた、群青色《ぐんじょういろ》の空を。


サフィールが、かたまりの中から、そっと抜け出した。


ゆっくりと、アズラクのほうへ歩いていく。

俺も、そのうしろについていった。


◇ ◇ ◇


サフィールは、アズラクの前で立ち止まった。


二人は、しばらく、何も言わなかった。


スタンドのざわめきが、遠くに聞こえる。

海から吹いてくる冷たい風が、二人の髪を揺らしていた。


「……ノーサイドだ」


サフィールが、言った。


アズラクが、眉をひそめた。


「のーさいど?」


「この世界の言葉だ。ミナトに教わった」


サフィールは、少しだけ笑った。


「試合が終われば、敵の陣も、味方の陣もなくなる。勝った者も、負けた者も、同じ側に立つ」


サフィールは、右手を差し出した。


「アズラク。十四人で、塔へ行こう。負けた道を、一人で戦場に行かせはしない」


アズラクは、差し出された手を、長いあいだ見つめていた。


低い声で言った。


「……甘い」


その声は、もう、少しも冷たくなかった。


「だが――師の言葉どおりだ」


アズラクは、サフィールの手を、強くにぎった。


「本当に束ねるべきなのは、味方の刃ではない。敵だった者の刃だ。……わたしは、それを、ずっと忘れていた」


アズラクは、俺のほうを見た。


「キャプテン、早瀬湊《はやせみなと》」


初めて、アズラクが、俺の名前を呼んだ。


「抽選会で、わたしは、おまえたちはここまで来られないと言った。二度目のまちがいだ。――わたしの負けだ」


アズラクは、胸に手を当てて、深く頭を下げた。


抽選会の日と同じ、礼儀正しい、きれいなしぐさだった。

でも、今度は、背すじが寒くはならなかった。


◇ ◇ ◇


ピッチのあちこちで、同じ国から来た二人が、向かい合っていた。


ローデリックと、ヴォルフ。


「団長」


ヴォルフが、ローデリックの前で、ひざをついた。


「九月に、あなたは弱くなったと言いました。……取り消します。仲間のうしろを気にする騎士は、剣がにぶるのではなかった。剣が、増えるのですね」


ローデリックは、ヴォルフを立たせて、その肩を、大きな手でたたいた。


ボルグとゴドーは、何も言わずに、肩を並べて座っていた。

ボルグが、ポケットから、くしゃくしゃになった飴を一つ取り出して、ゴドーにわたした。ゴドーは、それを、大事そうに口に入れた。


ミロとラシードは、なぜか、おたがいのポケットを探り合っていた。

タリクとブランは、空を見上げて、一番星を指さしていた。

ゼノとシェイドは、背中合わせに座って、二人とも目を閉じていた。


そして――。


セリオの前に、ナディムが立っていた。


「セリオ」


ナディムは、弟から、目をそらさなかった。


「わたしは、故郷で、おまえを、ずっと臆病者と呼んできた」


セリオが、うつむいた。


「……それは、故郷では、臆病者は、前線の弓兵に選ばれないからだ」


セリオが、顔を上げた。


「おまえの腕は、わたしより上だった。小さいころから、ずっと。……あの腕が知られたら、おまえは、まっさきに前線に送られる。だから、わたしは、おまえを臆病者と呼び続けた。おまえが、本当にそう信じてしまうまで」


ナディムの声が、ふるえた。


「すまなかった」


セリオの目から、ぼろぼろと涙がこぼれた。


ナディムは、セリオの頭に、そっと手を置いた。


「最後の一本で、手がふるえなかったな」


ナディムは、笑った。


「――もう、臆病者と呼ぶ必要は、なさそうだ」


◇ ◇ ◇


表彰式は、すっかり暗くなったスタジアムで、照明に照らされて行われた。


キャプテンとして、俺は、優勝カップを受け取った。


思っていたより、ずっと重かった。

冷たい金属が、手のひらにずしりとのしかかる。


俺は、カップを両手で持って、振り返った。


十六人と、七海《ななみ》と、菅野《すがの》先生が、そこにいた。


一人ひとりの顔を、俺は見た。


鉄平《てっぺい》先輩。大吾《だいご》。航平《こうへい》。奏太《かなた》。小日向《こひなた》。西村《にしむら》。吉野《よしの》。堀《ほり》。

ローデリック。ボルグ。ゼノ。タリク。ミロ。セリオ。サフィール。

七海。菅野先生。


最後の十一人じゃなかった。


十六人と、二人。

全員で、ここまで来た。


俺は、カップを、空に向かって突き上げた。


潮見ヶ丘(しおみがおか)のゴール裏から、今日一番の歓声が上がった。

小日向の弟たちの横断幕が、照明の光の中で、大きく揺れていた。


スタンドのフェンスぎわで、航平と今井《いまい》が、何か話していた。

今井が、航平の胸を、こぶしで軽くたたいた。航平が、照れくさそうに笑っていた。


◇ ◇ ◇


スタジアムを出ると、駐車場の街灯の下に、父さんが立っていた。


その前に、もう一人。

白髪まじりの、背の高い男の人。鷹司《たかつかさ》監督だった。


二人は、何かを短く話していた。

俺が近づくと、鷹司監督は、俺のほうを見て、ほんの少し口もとをゆるめた。


「――いいキャプテンだ、早瀬」


それは、俺に言ったのか、父さんに言ったのか、わからなかった。


鷹司監督は、それだけ言うと、白いバスのほうへ歩いていった。


父さんと二人で、海沿いの道を歩いた。


夜の海は、黒く、静かだった。

沖のほうに、漁船の明かりがいくつも浮かんでいる。波が、防波堤《ぼうはてい》にぶつかって、ざあ、ざあと、ゆっくりした音をたてていた。


しばらく、どちらも、何も言わなかった。


「……湊」


父さんが、立ち止まった。


ズボンのすそを、ひざの上までまくり上げた。

街灯の光の下に、古い、長い手術のあとが見えた。


「三十年前、このひざをこわしたとき、医者には、まだやれると言われたんだ」


俺は、息をのんだ。


「でも、俺は、自分からやめた。……こわかったんだ。もう一度ボールを蹴って、もう一度、全部を失うのが」


父さんは、ズボンのすそを、ゆっくりと下ろした。


「おまえに、才能がないと言ったのは――たぶん、俺みたいに、こわい思いをさせたくなかったからだ。……いや、ちがうな。俺が、おまえを見るのが、こわかったんだ」


父さんは、海のほうを向いた。


「悪かった」


それは、俺が生まれて初めて聞く、父さんの「悪かった」だった。


「おまえには、才能がある」


父さんは、海を見たまま言った。


「俺にはなかった才能だ。――仲間を見る、才能だ」


俺は、何も言えなかった。


言葉のかわりに、涙が、勝手にこぼれてきた。

0対6の日も、0対8の日も、決勝のゴールの瞬間も、こんなふうには泣かなかったのに。


父さんは、俺の頭に、ごつごつした手を、乱暴にのせた。


◇ ◇ ◇


その夜。


部員全員で、堤防に集まった。


聖覇の七人も、来ていた。


十四人と、九人と、七海と、菅野先生。

冬の夜の堤防に、二十五人が並んで座っていた。


最初にそれに気づいたのは、タリクだった。


「……風が、変わった」


沖のほうの空が、青白く光りはじめていた。


光は、少しずつ、大きくなっていく。

やがて、海の上に、大きな光の輪が浮かび上がった。


六月のあの夜、俺がグラウンドで見た光と、同じ色だった。


「〈門〉だ」


サフィールが、静かに言った。


「負けた道の七人を、呼んでいる」


聖覇の七人が、立ち上がった。


ローデリックも、立ち上がった。


「我らも行く。十四人で、塔へ行くと決めたはずだ」


アズラクが、首を横に振った。


「いや。おまえたちの儀式は、まだ終わっていない」


アズラクは、俺たちを見た。


「この世界には、全国という、次の戦場があるのだろう。――束ねる道は、まだ続く。おまえたちは、それを最後まで見せろ」


アズラクは、光の輪を見上げた。


「塔へは、わたしたちが先に行く。前線へではない。真実を確かめに行く。負けた道を前線へ送るという話が、本当なのかどうか」


サフィールを見た。


「もし、本当に、わたしたちが前線へ送られるなら――そのときは、おまえたちが来い」


「必ず行く」


サフィールが、まっすぐに答えた。


「十四人で、ノーサイドにする」


◇ ◇ ◇


聖覇の七人は、一人ずつ、光の中へ歩いていった。


海の上に、光の道が、まっすぐにのびていた。


ヴォルフが、ローデリックに、騎士の礼をした。

ゴドーが、ボルグに、飴の包み紙をかかげてみせた。

シェイドが、ゼノに、ほんの少し手を挙げた。

ナディムが、セリオに、何かを叫んだ。故郷の言葉だった。セリオは、泣きながら、同じ言葉で叫び返した。


最後に、アズラクが振り返った。


「早瀬湊」


アズラクは、少しだけ笑った。


「次は、水盤のむこうから、見ている」


光が、七人をのみこんだ。


光の輪は、少しずつ小さくなって――やがて、夜の海に、すうっと溶けて消えた。


あとには、冬の星空と、静かな波の音だけが残った。


◇ ◇ ◇


みんなが帰りはじめたあとも、俺とサフィールは、堤防に残っていた。


沖のほうで、漁船の明かりが、ひとつ、またひとつと、揺れていた。


「ミナト」


サフィールが、海を見つめたまま言った。


「評議会は、どちらの道が強いかを、確かめたかったのだと思っていた」


サフィールは、夜空を見上げた。


この世界の空には、月がひとつしかない。


「だが、今日、十四人がノーサイドになったのを見て、思った。――評議長が本当に見たかったのは、もしかしたら、別のものだったのかもしれない」


サフィールは、俺のほうを向いた。


「剣を置いて、敵だった者と、同じ側に立つ方法。――それを学ぶために、わたしたちは、この世界に来たのかもしれない」


その目は、月の光を映して、深い青色に光っていた。


波の音が、ざあ、とひとつ、大きく響いた。


俺は、ポケットの中の、くしゃくしゃになった戦術ノートの切れはしを、ぎゅっと握りしめた。


八月の終わり、部室のホワイトボードから書き写した言葉が、そこに残っていた。


『十一人で、一つ』


六月の雨の日、九人しかいなかったサッカー部。


今は、ちがう。


十六人と、二人。それに、海の向こうに帰っていった、七人。


みんなで、ここまで来たんだ。

試合が終われば、敵も味方もない。あなたの毎日にも、そんな「ノーサイド」の瞬間がありますように。

第5章「最後の十一人」を最後まで読んでいただき、ありがとうございます!

十六人と、二人。それに七人。みんなでつかんだ優勝を、いっしょに見届けていただけて幸せです。

残すはエピローグのみ。★評価やブックマークで、最後のホイッスルまで見届けていただけるとうれしいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。