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異世界から来た七人は、まだボールを知らない――潮見ヶ丘高校サッカー部、最後の十一人  作者: Hamin
第4章 県大会への挑戦

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25/32

24話 決勝への切符

延長戦は、前半十分、後半十分。


その前の、短い休憩の時間。

ベンチの前で、十一人と、ベンチの全員が、輪になった。


誰の顔にも、疲れがにじんでいた。

ローデリックのふくらはぎには、テーピングが巻き直されている。セリオの白い顔は、さらに白くなっていた。航平《こうへい》の太ももは、ときどき、ぴくぴくと震えていた。


七海《ななみ》が、ノートを広げた。

サフィールが、それをのぞきこむ。


「湘陽《しょうよう》も、疲れている」


サフィールが言った。


「だが、向こうのほうが、交代できる選手が多い。延長の後半になれば、走れる者の数で負ける。――決めるなら、延長の前半か、後半の早いうちだ」


みんなが、うなずいた。


「ミナト」


サフィールが、俺を見た。


「味方で、まだ一番力が残っているのは、誰だ」


俺は、輪の中の一人ひとりの顔を見た。

息づかい。肩の上がり方。ひざの震え。目の色。


ベンチから見ていた一回戦。

雨の中で走った三回戦。

この一か月、ずっと、みんなの体を見続けてきた。


「……ボルグだ」


みんなが、ボルグを見た。


「ボルグは、今日、ほとんど走ってない。空中戦だけに集中してたから。それに、毎朝、体を研いでる。たぶん、この中で一番、刃が残ってる」


ボルグは、両手を背中で組んだまま、ゆっくりとうなずいた。


「セリオ。コーナーキックか、フリーキック。チャンスが来たら、的は、ボルグだ」


セリオが、こくりとうなずいた。


「でも、ボルグ、空中戦は、聖覇のゴドーにも、さっきの湘陽のフォワードにも――」


小日向《こひなた》が、心配そうに言いかけた。


ボルグが、それをさえぎった。


「負けた」


ボルグは、まっすぐに言った。


「聖覇では、ゴドーに全部負けた。さっきも、届かなかった。……だから、毎朝、研いできた」


ボルグは、背中で組んでいた両手を、ゆっくりとほどいた。


もう一度、組み直した。


「今日の刃は、まだ折れていない」


◇ ◇ ◇


延長前半は、0対0のまま終わった。


両チームとも、足が止まりかけていた。

ボールを追いかける足音が、だんだんと重くなっていく。スタンドの声援も、祈るような声に変わっていた。


延長後半三分。


右サイドで、航平が、相手のディフェンスに倒された。

ペナルティエリアの、少し外。


フリーキック。


スタジアムが、静まり返った。


ボールの前に、セリオが立った。


ゴール前に、潮見ヶ丘(しおみがおか)の選手たちが集まる。

湘陽のディフェンスは、ローデリックに二人、航平に一人、ついた。


ボルグには、一人。


湘陽は、ボルグの空中戦を、もう恐れていなかった。

後半の失点の場面で、ボルグが競り負けるのを見ていたからだ。


セリオが、俺を見た。


俺は、うなずいた。


――的は、ボルグだ。


セリオの目が、すっと細くなる。

背中が、まっすぐに伸びる。


あの日、体力テストで的に十本当てたときと同じ顔。

あの日、緑ヶ浜(みどりがはま)で、初めてゴールを決めたときと同じ顔。


それから――あの夜、兄のナディムに「臆病者」と言われて、何も言い返せなかった顔とは、まるでちがう顔。


笛が鳴った。


セリオの右足から、ボールが放たれた。


ボールは、ゴール前の人の群れの上を、ゆっくりと越えていった。

まるで、夕焼けの空に放たれた矢のように。


ボルグが、跳んだ。


両手を、背中で組んだまま。


湘陽のディフェンスも、跳んだ。

ボルグの肩に、体をぶつけてくる。


ボルグは、びくともしなかった。


岩の国の重装戦士の体は、毎朝研がれてきた刃のように、まっすぐに空へのびていった。


ボルグのひたいが、ボールをとらえた。


ドン、という重い音が、スタジアムに響いた。


ボールは、キーパーの手の届かないゴールの左すみへ、たたきつけられるように飛びこんだ。


2対1。


◇ ◇ ◇


ボルグは、着地すると、ゴール前で、両手を空に突き上げた。


背中で組み続けていた、その両手を。


「――ウオオオオオオオッ!」


ボルグの雄たけびが、スタジアムじゅうに響きわたった。


こんな大きな声を出すボルグを、俺は初めて見た。


全員が、ボルグに飛びついた。

ローデリックが、ボルグの首にしがみついた。小日向が、ボルグの背中によじのぼった。セリオは、ボルグの大きな手を両手でにぎって、泣いていた。


ベンチでは、大吾《だいご》が立ち上がって、タオルを振り回していた。


残りの七分間は、全員で守った。


最後の笛が鳴ったとき、スタンドの潮見ヶ丘の生徒たちが、いっせいに立ち上がった。


潮見ヶ丘高校、決勝進出。


六月に、0対6で負けた相手に、勝った。


俺は、ピッチの上に、あおむけに倒れた。


夕焼けの空が、高かった。

冷たい風が、ほてった顔を、やさしくなでていった。


◇ ◇ ◇


同じ日の、もう一つの準決勝。


聖覇学院《せいはがくいん》は、6対0で勝った。


スタジアムの電光掲示板に、決勝のカードが映し出された。


『決勝 潮見ヶ丘 対 聖覇学院 十一月十五日』


スタンドが、どよめいた。

県内最強と、四年ぶりに公式戦で勝ったばかりのチーム。

誰も、こんな決勝を予想していなかった。


ロッカールームに戻る通路で、俺は、白いジャージの背中を見つけた。


アズラクだった。


通路の壁にもたれて、腕を組んでいた。

俺たちを、待っていたのだ。


アズラクは、俺の顔を見て、それから、俺のうしろにいるサフィールを見た。


「来たな」


その声には、驚きも、喜びもなかった。


「抽選会のとき、おまえたちはここまで来られないと言った。――わたしのまちがいだった。認めよう」


アズラクは、壁から背中をはなした。


「だから、一つだけ、きいておく」


通路の蛍光灯《けいこうとう》が、ちかちかと、またたいた。


「おまえたちが勝てば、わたしの六人は、故郷に戻され、前線に立つ」


アズラクの青い目が、まっすぐに、俺たちを見た。


「ヴォルフも、ナディムも、シェイドも、ブランも、ゴドーも、ラシードも。――おまえたちの仲間と同じ国から来た、おまえたちの仲間の、兄弟や友や、師だ」


セリオの肩が、びくりと震えた。

ローデリックの顔が、こわばった。

ゼノが、壁のかげで目を閉じた。


「それでも、おまえたちは勝つのか」


誰も、答えられなかった。


アズラクは、それ以上何も言わずに、白いジャージをひるがえして、通路の向こうへ消えていった。


◇ ◇ ◇


その夜。


部室には、十六人全員と、七海と、菅野《すがの》先生がいた。


誰も、帰ろうとしなかった。

でも、誰も、口を開かなかった。


窓の外は、もう真っ暗だった。

ストーブの上のやかんが、しゅんしゅんと小さな音を立てている。窓ガラスが、白く曇っていた。


「……じゃあ、負けろってのかよ」


最初に口を開いたのは、航平だった。


「勝ったら、あいつらの仲間が戦場行き。負けたら、こっちの七人が戦場行き。どっちにしたって、誰かが行くんだろ」


誰も、答えなかった。


「わたしたちは、負けてもいい」


ローデリックが、静かに言った。


「ヴォルフは、わたしの部下だった。あの者を戦場に戻すくらいなら――」


「団長」


サフィールが、さえぎった。


「それは、ちがう」


でも、サフィールも、それ以上、言葉を続けられなかった。


セリオが、両手で顔をおおっていた。

兄のナディムの顔を、思い出しているのかもしれなかった。


俺は、窓の外を見た。


曇ったガラスの向こうに、月がひとつ、にじんで見えた。


勝ちたい。

勝ちたいのに、勝つのがこわい。


半年前、0対6で負けたとき、俺は、勝つことだけを夢見ていた。

勝てば、全部が解決すると思っていた。


でも、今はちがう。

勝つことにも、負けることにも、誰かの未来がかかっている。


「……答えは、まだない」


サフィールが、ぽつりと言った。


「だが、一週間ある。決勝まで」


部室のストーブが、ぱちん、と小さな音を立てた。


決勝まで、あと七日。


俺たちは、勝つ理由と、勝ちたくない理由を、同時に抱えることになった。


勝つことも、負けることも、あなたの大切な一歩になりますように。

第4章「県大会への挑戦」を最後まで読んでいただき、ありがとうございます!

決勝への切符を手にした潮見ヶ丘。けれど、勝つ理由と勝ちたくない理由を、同時に抱えることになりました。

いよいよ最終章です。★評価やブックマークで、決勝のスタンドから応援していただけるとうれしいです。

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