20話 勝者を二人つくれ
二回戦の前の週、新しい問題が起きた。
航平と、セリオだった。
「なんで、フリーキックは全部セリオなんだよ」
練習のあと、航平が、いらだった声で言った。
「ゴール前でパスもらっても、セリオは自分で打つし。俺がフリーでも、気づきもしねえ」
セリオは、困ったように下を向いた。
「ご、ごめんなさい……。的が見えると、体が勝手に……」
「謝ってほしいんじゃねえよ」
航平は、頭をかきむしった。
「俺だって、点が取りてえんだよ。フォワードなんだから」
グラウンドの空気が、少しだけ、とげとげしくなった。
夕方の風が、落ち葉をからからと転がしていった。
そのとき、ミロが、二人の間に、ひょいと割りこんだ。
「ねえ。砂の国の掟、教えてあげよっか」
◇ ◇ ◇
ミロは、珍しく、まじめな顔をしていた。
「――勝者を、二人つくれ」
航平とセリオが、同時にミロを見た。
「盗賊の掟だよ。一人だけ得をする盗みは、必ず誰かにうらまれる。うらまれた盗賊は、いつか必ず捕まる。だから、一流の盗賊は、盗むときにも取引するときにも、二人とも得をするやり方を探すんだ」
ミロは、指を二本立てた。
「コウヘイも、セリオも、点が取りたい。どっちかが取ったら、どっちかは取れない。それって、勝者が一人しかいないでしょ」
「……当たり前だろ。点は一個なんだから」
「ちがうよ」
ミロは、にやっと笑った。
「セリオが打つと見せかけて、コウヘイにわたす。コウヘイが走ると見せかけて、セリオが打つ。相手は、どっちを止めればいいかわからない。――二人がいるから、点が取れる。それって、二人とも勝ちじゃん」
航平は、しばらく黙っていた。
セリオを見た。
「……おまえ、打つふりってできんの?」
セリオは、目をぱちぱちさせた。
「た、たぶん……。弓でも、狙いを見せてから外す技があります」
その日から、二人は、居残りで練習を始めた。
◇ ◇ ◇
十月十一日。二回戦。
相手は、私立桐ヶ谷学院。
守りの固さで知られるチームだった。
その日は、朝から薄曇りだった。
空気が少しひんやりとして、吐く息がかすかに白くなりかけていた。
桐ヶ谷は、最初から、ゴール前に人を集めてきた。
ペナルティエリアの前に、二重の壁。セリオのフリーキックも、ゼノのドリブルも、その壁にはね返された。
0対0のまま、時間だけが過ぎていった。
後半二十分。
ペナルティエリアの手前で、セリオがボールを持った。
相手のディフェンスが、三人いっせいに、セリオの前に飛びこんでくる。
フリーキックと同じ、あの右足を、全員が警戒していた。
セリオは、右足を振り上げた。
的を狙う、あの目つきで。
三人の体が、シュートコースをふさぐように、一斉に倒れこむ。
――セリオの右足は、振り下ろされなかった。
かわりに、足の裏で、ボールをそっと横へ転がした。
そこに、航平が走りこんでいた。
がら空きのゴール前。
航平は、ダイレクトで、右足を振り抜いた。
ボールが、ネットに突き刺さった。
1対0。
航平は、ゴールのうしろで立ち止まって、セリオのほうを振り返った。
少し照れくさそうに、こぶしを突き出した。
セリオは、一瞬きょとんとしてから、自分のこぶしを、そっと合わせた。
ミロが、その二人の頭を、うしろから両手でわしゃわしゃとなでた。
「ほらね。勝者、二人」
◇ ◇ ◇
でも、桐ヶ谷は、そこから粘った。
後半三十八分。コーナーキックから、同点に追いつかれた。
大柄な選手の頭に、ボールがぴたりと合わされた。ボルグが、手を背中に組んだまま跳んだけれど、わずかに届かなかった。
1対1。
延長戦はない。
決着は、PK戦に持ちこまれた。
◇ ◇ ◇
PK戦の前、ゴール前で、鉄平先輩が七海からノートを受け取っていた。
七海が、試合中ずっと記録していた、桐ヶ谷の選手たちの「くせ」だった。
誰が、どちらの足で蹴るか。助走のとき、どちらを見るか。
「……五番は、蹴る前に、必ず右を見る。でも、右には蹴らない」
サフィールが、横から言った。
「目は、行き先をごまかすために使う者と、行き先を教えてしまう者がいる。五番は、ごまかす者だ」
鉄平先輩は、ノートを閉じて、うなずいた。
「わかった。……あとは、俺が決める」
朝五時に起きて勉強し、放課後の二時間だけ、全部をゴールの前で使う。
自分で決めて、自分で親に話した鉄平先輩の目は、六月の雨の日とは、まるでちがっていた。
一人目。桐ヶ谷、成功。潮見ヶ丘、セリオ。成功。
二人目。桐ヶ谷の五番。右を見て――左。
鉄平先輩は、左に跳んでいた。
両手で、がっちりとボールをつかむ。
観客席の、鉄平先輩のお母さんが、立ち上がっていた。
潮見ヶ丘の二人目は、ローデリック。成功。
三人目、桐ヶ谷も、潮見ヶ丘のボルグも成功。
四人目。桐ヶ谷、成功。
潮見ヶ丘の四人目、航平。
航平は、ボールを置いて、ゴールを見た。
深呼吸を、ひとつ。
決めた。
五人目。桐ヶ谷のキッカーが、ボールを置く。
鉄平先輩は、ゴールラインの上で、両手を大きく広げた。
キッカーの目が、一瞬だけ、左下を見た。
――教えてしまう者だ。
鉄平先輩は、左下へ跳んだ。
指先が、ボールをはじき出した。
◇ ◇ ◇
PK戦、4対3。
潮見ヶ丘、三回戦進出。
鉄平先輩のまわりに、全員が駆け寄った。
ボルグが先輩を肩車して、鉄平先輩が「下ろせ、バカ!」と叫んでいた。
その輪から少し離れたところで、ミロが、航平の肩をつついた。
「ねえ、コウヘイ。今日のPK、テッペイと半分こだね」
「は? 何がだよ」
「コウヘイが決めて、テッペイが止めた。勝者、二人」
航平は、あきれた顔をして、それから吹き出した。
「おまえ、それ言いたいだけだろ」
ミロは、にやっと笑って、いつもの軽い足取りで、輪の中に戻っていった。
曇り空のすきまから、夕方の光が、ひとすじだけ差しこんでいた。
競技場の向こう、遠くに見える海の上では、雲の切れ間から、光の柱が何本も降りていた。




