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異世界から来た七人は、まだボールを知らない――潮見ヶ丘高校サッカー部、最後の十一人  作者: Hamin
第4章 県大会への挑戦

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20/32

19話 開幕戦

十月四日。


選手権予選、一回戦の朝は、雲ひとつない秋晴れだった。


市営競技場のまわりには、キンモクセイの甘い香りがただよっていた。

観客席は、がらがらだった。それぞれの学校の部員と、家族が少し。それだけ。


それでも、俺の心臓は、六月の初戦と同じくらい、どきどきしていた。


相手は、県立相模川(さがみがわ)工業高校。

去年、二回戦まで進んだチームだ。


俺は、ベンチにいた。


隣には、七海《ななみ》。ひざの上に、ノートとストップウォッチ。

そのさらに隣に、菅野《すがの》先生。


「緊張してる?」


七海が、小声できいてきた。


「……ピッチに立つより、こっちのほうが緊張する」


本当だった。

自分で走れないぶん、見ていることしかできない。


スタメンは、大吾《だいご》が休養中のぶん、西村《にしむら》が入った。


キーパー、鉄平《てっぺい》先輩。

ディフェンス、ローデリック、ボルグ、西村、ミロ。

中盤、サフィール、タリク、奏太《かなた》、セリオ。

前線、航平《こうへい》とゼノ。


ベンチには、ゼノの「連星」の小日向《こひなた》が、ずっと貧乏《びんぼう》ゆすりをしていた。


「小日向、落ち着けって」

「む、無理……。だって俺、今日、公式戦デビューかもしんないんだぞ……」


観客席の一番前で、小さな男の子が二人、手作りの横断幕を広げていた。


『ゆうきにいちゃん がんばれ』


小日向の弟たちだった。


◇ ◇ ◇


キックオフの笛が、高く鳴った。


最初の二十分は、ゼノの時間だった。


前半十二分。

航平が、相手のディフェンスラインと横並びに立った。ゼノも、その横に並ぶ。二人とも、ぴたりと止まっている。


サフィールが、ボールを持って顔を上げた。


その瞬間、二人が同時に飛び出した。


相手のディフェンスは、どちらを追えばいいのか、一瞬迷った。

その一瞬で、十分だった。


サフィールのパスが、ゼノの足もとにぴたりと届く。

ゼノは、キーパーが飛び出してくるのを最後まで見てから、反対側のすみに、ボールを流しこんだ。


1対0。


ベンチの小日向が、立ち上がって叫んだ。

観客席では、鉄平先輩のお母さんが、両手を口に当てていた。


鉄平先輩は、ゴールの前で、一度だけ観客席を振り返った。


「……来てくれたんだ」


七海が、うれしそうにつぶやいた。


◇ ◇ ◇


前半二十分。

ゼノの足が、止まった。


ゼノは、自分から手を挙げた。ベンチに向かって、まっすぐ。


「交代だ」


菅野先生が、小日向の背中をたたいた。


「小日向くん。出番だよ」


小日向は、ベンチから立ち上がって、そのまま固まった。


「お、俺……ほんとに?」


「ほんとに」


俺は、小日向の背中を、もう一度たたいた。


「ゼノの残り、七十分。全部、走ってこい」


小日向は、こくりとうなずいた。


ピッチの外で、ゼノと小日向が向かい合った。


ゼノは、何も言わずに、小日向の手のひらに、自分の手のひらを軽く当てた。


パチン、という音がした。


「……あとは、頼む」


ゼノが、そう言うのを、俺は初めて聞いた。


観客席で、小日向の弟たちが、横断幕をちぎれそうなほど振っていた。


◇ ◇ ◇


前半三十五分。

同点に追いつかれた。


相手のロングボールが、ローデリックの頭を越えた。

ディフェンスラインが、高すぎたのだ。


「上げ」「待て」「下げ」。

その合言葉を、うしろから叫ぶ大吾が、今日はいない。


西村は、必死に声を出そうとしていた。

でも、ローデリックの大きな声に、かき消されてしまった。


1対1で、前半が終わった。


◇ ◇ ◇


ハーフタイム。


ベンチの前に、十一人が集まった。

汗のにおいと、日焼け止めのにおい。誰かが開けたスポーツドリンクの、甘いにおい。


サフィールは、前半、ほとんどしゃべらなかった。

ずっと、相手を読んでいたのだ。


サフィールと七海が、ノートを突き合わせる。


「相手の右の守りは、前に出たがる。そのうしろが空く」


サフィールが言うと、七海がうなずいた。


「数字でもそう。右サイドバックが、前半だけで十二回、オーバーラップしてる。戻るのは、いつも遅い」


二人の読みが、ぴたりと重なった。


二人が、俺を見た。


「ミナト。おまえには、何が見えた」


俺は、ベンチから見ていたことを、思い出した。


「……相手の右サイドバック、小日向が入ってきたとき、笑ってた」


全員が、俺を見た。


「仲間と目を合わせて、にやっとしてた。たぶん、なめてる。控えの選手が出てきたって」


俺は、小日向を見た。


「でも、小日向の足は、まだ全然残ってる。あいつがのぼってきたら、うしろに走れ。小日向が一番、そこを走れる」


小日向が、ごくりとつばを飲みこんだ。


サフィールが、ゆっくりとうなずいた。


「相手の陣の弱さと、相手の心のゆるみ。二つが、同じ場所にある」


サフィールは、小日向の肩に手を置いた。


「後半は、そこを撃つ」


◇ ◇ ◇


後半が始まると、サフィールは変わった。


ピッチのまんなかで、大きな声を出し始めたのだ。


「左、上げて!」

「真ん中、しぼって!」

「小日向、まだ! ――今だ、走れ!」


翻訳表の言葉だった。

短くて、まっすぐで、誰にでもわかる言葉。


その声に合わせて、チームが動いた。

まるで、ひとつの大きな生き物みたいに。


後半二十八分。


相手の右サイドバックが、また前にのぼってきた。

そのうしろの、がら空きのスペース。


「小日向!」


サフィールの声と同時に、ミロが相手からボールを奪った。

奪ったボールを、ミロはそのまま前へ蹴り出す。


小日向が、走っていた。


前半からずっと走り続けているのに、その足は、少しも止まっていなかった。

相手の右サイドバックが、あわてて戻ってくる。でも、もう遅い。


小日向は、ゴールラインぎりぎりで、ボールに追いついた。


顔を上げる。

ゴール前に、航平が走りこんでいた。


小日向が、右足を振った。


不格好な、低いクロスだった。

でも、それは、航平の走りこむ場所に、まっすぐ向かっていた。


航平が、足を伸ばした。


ボールが、ネットを揺らした。


2対1。


◇ ◇ ◇


最後の笛が鳴ったとき、ベンチの全員が、ピッチに飛び出していた。


俺も、走っていた。

菅野先生も、七海も、走っていた。


潮見ヶ丘高校サッカー部の、公式戦の勝利。

四年ぶりのことだと、あとで先生から聞いた。


ピッチのまんなかで、小日向が、あおむけに倒れて泣いていた。


「俺……公式戦、出た……アシスト、した……」


その上に、航平が覆いかぶさった。


「おまえのクロス、へったくそだったぞ」

「うるせえよぉ……」


二人とも、泣きながら笑っていた。


観客席では、小日向の弟たちが、横断幕を振り回していた。

鉄平先輩のお母さんが、ハンカチで目もとを押さえていた。


そして――。


競技場のフェンスの、ずっと外。

キンモクセイの木の下に、帽子を深くかぶった男の人が、一人で立っていた。


その背中に、見覚えがあった気がした。


俺がもう一度見たときには、もう、誰もいなかった。


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