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異世界から来た七人は、まだボールを知らない――潮見ヶ丘高校サッカー部、最後の十一人  作者: Hamin
第3章 もう一つの異世界チーム

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18話 まず耳を開き、次に口を開け

次の日の朝。


まだ薄暗いうちに、俺は七人の家の坂道をのぼった。


空気が、ひんやりと冷たかった。息をはくと、ほんの少し白く見えた。どこかで、キンモクセイの甘い香りがした。


タリクは、庭の柿《かき》の木の下にいた。


しゃがみこんで、じっと動かない。

その視線の先、柿の枝に、小さな鳥が一羽とまっていた。


俺が声をかけようとすると、タリクは、振り向かずに人さし指を口に当てた。


鳥が、短く鳴いた。

チッ、チチッ。


少しして、遠くの電線から、同じ鳴き声が返ってきた。

チッ、チチッ。


鳥は、ふわりと飛び立って、電線のほうへ消えていった。


「……仲間を、呼んでいたんだ」


タリクが、ようやく立ち上がった。


「ローデリックから聞いたよ。来ると思っていた」


◇ ◇ ◇


縁側に並んで座ると、タリクは、湯気の立つお茶を出してくれた。

香ばしい、知らない葉っぱのにおいがした。


「森の国の掟を、教えるね」


タリクは、柿の木を見上げたまま言った。


「――まず耳を開き、次に口を開け」


「耳を、開く……」


「狩人は、獲物の声を聞くまで、矢をつがえない。獲物が何におびえているのか。どこへ逃げたいのか。何を守ろうとしているのか。それを聞かずに放った矢は、たいてい外れる」


タリクは、俺を見た。


「仲間も、同じだよ。ミナトは、この何週間か、ずっと口を開いていた。でも、耳は閉じていた」


胸が、ちくりと痛んだ。


「だから、これから会いに行くといい。コウヘイに。テッペイに。ダイゴに」


「……何を言えばいいんだ」


タリクは、首を横に振った。


「答えを、持っていかないこと」


「説得しに行くんじゃない。ただ、聞きに行くんだ。相手が全部話し終わるまで、ミナトは口を開かない。それが、掟だよ」


◇ ◇ ◇


その日の放課後、俺は航平《こうへい》の家に行った。


インターホンを押すと、航平のお母さんが出てきて、二階の部屋に通してくれた。


航平は、ベッドの上で、スマホを見ていた。

部屋のすみに、泥のついたスパイクが、そのまま転がっていた。


「……何しに来たんだよ」


航平は、俺を見ずに言った。


「説教なら、帰れ」


「説教じゃない」


俺は、床に座った。


「話を、聞かせてほしい。それだけ」


航平は、スマホから顔を上げた。

信じられない、という顔をしていた。


長い沈黙があった。

窓の外で、子どもたちが自転車で走り回る声がした。


航平は、ぽつりぽつりと話し始めた。


中学で、エースだったこと。

高校でも、点を取れると思っていたこと。

でも、一度も勝てなかったこと。


毎晩、今井《いまい》の投稿を見てしまうこと。

見るたびに、自分が小さくなっていくような気がしたこと。


七人が来て、ポジションを取られたこと。

ミロと組んで、やっと楽しくなってきたところだったこと。


聖覇の観客席に、今井がいたこと。

シュートを外したとき、聞こえた笑い声。

動画についた、知らない誰かのコメント。


「俺、なんのためにサッカーやってんのか、わかんなくなった」


航平の声が、ふるえた。


俺は、何も言わなかった。

言いたいことは、たくさんあった。でも、全部飲みこんだ。


航平は、腕で目もとをこすった。


「……おまえ、何も言わねえのかよ」


「今日は、聞きに来ただけだから」


航平は、しばらく俺を見ていた。

ふっと、力が抜けたように笑った。


「なんだよ、それ。調子くるうわ」


航平は、スマホの画面を、俺のほうに向けた。


今井からの、メッセージだった。


『あの動画あげたの、うちの一年。消させた。ごめん』

『おまえのシュート外したの、笑えなかったよ。俺も、ベンチ外だし』

『おまえ、まだやれるだろ』


「昨日の夜、来た」


航平は、画面を見つめたまま言った。


「……他人のいいとこだけ見て、自分の全部とくらべてたんだな、俺。あいつも、ずっとしんどかったのに」


航平は、部屋のすみのスパイクを見た。


「退部届のことは、まだ考える。……でも、明日の部室には、行くだけ行く」


◇ ◇ ◇


その夜、駅前の塾《じゅく》の前で、鉄平《てっぺい》先輩を待った。


俺の隣には、ゼノがいた。


「影は、待つのが得意だ」


そう言って、勝手についてきたのだ。


夜の駅前は、帰りを急ぐ人たちの足音と、コンビニの明るい光でざわめいていた。たこ焼き屋の屋台から、ソースの焦げるいいにおいがただよってくる。


九時すぎ、塾のドアが開いて、鉄平先輩が出てきた。

疲れた顔で、重そうなリュックを背負っていた。


俺たちに気づくと、先輩は、少し驚いた顔をした。


「……何してんだ、おまえら」


「話を、聞きに来ました」


ベンチに並んで座ると、鉄平先輩は、長いあいだ黙っていた。


話し始めた。


母親が泣いたこと。

その涙を見て、自分がひどいことをしている気がしたこと。

でも、サッカーをやめたら、自分には何も残らない気がすること。

勉強も、部活も、どっちも中途半端で、どっちも失敗しそうで、こわいこと。


俺は、ただ、聞いていた。


先輩が話し終わったとき、それまで黙っていたゼノが、口を開いた。


「影の国の掟だ」


鉄平先輩が、ゼノを見た。


「――最も重い一手を、先に打て」


ゼノは、夜空を見上げた。


「一撃で仕留める者は、何を一番に打つかを、最初に決めている。全部を同時に打とうとする者は、全部を外す」


ゼノは、鉄平先輩を見た。


「おまえの一番重い一手は、何だ」


鉄平先輩は、しばらく考えこんでいた。


ゆっくりと言った。


「……母親と、ちゃんと話すことだ。逃げないで、自分の言葉で」


鉄平先輩は、自分の手のひらを見つめた。


「朝、五時に起きて勉強する。部活は、放課後の二時間だけにする。そのかわり、その二時間は、全部ゴールの前で使う。……それを、自分で母親に言う」


先輩は、立ち上がった。


「早瀬。退部届、まだ持ってるか」


「はい」


「明日、俺の前で破れ」


◇ ◇ ◇


大吾《だいご》には、ボルグといっしょに会いに行った。


大吾の家の近くの公園。

ベンチに座った大吾の右ひざには、白いサポーターが巻かれていた。


ブランコがきいきいと鳴る音と、落ち葉が風に転がる、かさかさという音がしていた。


大吾は、俺の顔を見るなり、頭を下げた。


「湊《みなと》。……この前は、ごめん」


「謝るのは、俺のほうだ」


「ちがう。ひざのこと、隠してたのは俺だから。湊のせいにして、八つ当たりした」


大吾は、サポーターをそっとなでた。


「隠してたのは……言ったら、もう試合に出してもらえないと思ったから。俺、走ることしか取り柄ないし。走れなくなったら、このチームに、俺の場所なんてないって」


俺は、黙って聞いた。


ボルグが、大吾の隣に、どすんと座った。ベンチが、ぎしっと鳴った。


「研ぎすぎた刃は、折れる」


ボルグは、合宿の朝と同じ言葉を言った。


「休め、ダイゴ。おまえの刃は、決勝で要る」


大吾は、ボルグを見上げた。

少しだけ泣きそうな顔で笑った。


「……明日、菅野《すがの》先生に、自分で言う。二週間、ちゃんと休むって」


◇ ◇ ◇


次の日の放課後。


部室には、十六人全員がそろっていた。


航平も、鉄平先輩も、大吾もいた。

七海《ななみ》も、菅野先生も、入り口の近くに立っていた。


窓から差しこむ秋の西日が、ほこりっぽい部室を、オレンジ色に染めていた。


俺は、みんなの前に立った。


「まず、謝らせてほしい」


頭を下げた。


「聖覇の試合から、俺は、みんなの話を聞いてなかった。命令ばっかりしてた。……ごめん」


部室が、しんとなった。


「それで、今日は、俺がしゃべるんじゃなくて、みんなの話を聞きたい。言いたいこと、なんでもいいから」


誰も、すぐには口を開かなかった。


そのとき、すっと手が挙がった。


奏太《かなた》だった。


一年生で、一番小さくて、いつも先輩の後ろで下を向いていた奏太が、まっすぐに手を挙げていた。


「……湊先輩」


奏太の声は、ふるえていた。

でも、止まらなかった。


「湊先輩は、最近、命令ばかりで、僕たちの話を聞いていませんでした」


部室の空気が、ぴんと張りつめた。


「でも、僕も、言いませんでした。紅白戦のときも、聖覇のときも、見えていたのに、先輩たちに言えなかった。一年だから、とか、先輩だから、とか、そういうことばかり考えて」


奏太は、大吾のほうを向いた。


「大吾先輩。聖覇の一点目、ヴォルフが股を抜いたとき、大吾先輩は、あと一歩、右にいたら間に合いました。……僕、ベンチから、それが見えてました。言えなくて、すみません」


大吾は、目を丸くした。


くしゃっと笑った。


「……次は、言えよ。でかい声で」


「はい」


奏太の目に、涙がたまっていた。


それを見て、小日向《こひなた》が「俺も!」と手を挙げた。吉野《よしの》も、堀《ほり》も、西村《にしむら》も。

みんなが、次々と、言えなかったことを話し始めた。


俺は、全部を、黙って聞いた。


◇ ◇ ◇


最後に、俺は、サフィールを見た。


サフィールは、俺の目を見て、それから、ローデリックを見た。

ローデリックが、小さくうなずいた。


「――わたしからも、話さなければならないことがある」


サフィールは、静かに、すべてを話した。


月が七つある世界のこと。

千年の戦のこと。

二つの道のこと。

そして、負けた道の七人が、どうなるのかを。


話し終わったとき、部室は、しんと静まり返っていた。


最初に声を上げたのは、小日向だった。


「……だと思ったーっ!」


全員が、小日向を見た。


「だって、団長、花火のとき『火薬だ! 全員下がれ!』って言ってたし! ボルグ、ボールを『儀式の球』って言ってたし! ゼノ、絶対に人間の動きじゃないし!」


ぶっ、と吉野が吹き出した。

それにつられて、堀が笑い、西村が笑い、気がつけば部室じゅうが笑っていた。


七人だけが、ぽかんとしていた。


笑いがおさまったあと、航平が、腕を組んだまま言った。


「で、負けたら、こいつら戦場行きなんだろ」


航平は、ミロを見た。


ミロは、いつものにやにや顔じゃなかった。


「……ムカつくな、それ」


航平は、ぼそっと言った。


「せっかく、盗みのコツ、まだ一個しか教わってねえのに」


鉄平先輩が、低い声で続けた。


「勝つ理由が、一個増えただけだ。やることは変わらない」


「待ってくれ」


サフィールが、あわてたように言った。


「わたしは、それをおまえたちに背負わせたくなかった。だから、黙っていた。これは、わたしたちの――」


「背負うんじゃないよ」


俺は、サフィールの言葉をさえぎった。


ローデリックが教えてくれた、掟の続きを思い出しながら。


「一人で全部を背負ったら、両手がふさがって、自分の剣を落とす。……俺は、それで失敗した」


俺は、部室にいる全員を見わたした。


「だから、いっしょに持つんだ。十六人と、七海と、先生で。一人ひとりが、ちょっとずつ」


サフィールの目が、大きく見開かれた。


ゆっくりと、うるんでいった。


◇ ◇ ◇


「それと、先生」


俺は、入り口の近くに立っている菅野先生のほうを向いた。


「一回戦、俺はベンチから見ます。七海といっしょに、外から全員の声を聞くところから、やり直したいです。ピッチの中は、サフィールにまかせます」


菅野先生は、何も言わなかった。

ただ、眼鏡の奥の目を細めて、深くうなずいた。


鉄平先輩が、俺の前に立った。


「早瀬。あれ」


俺は、カバンから、白い封筒を取り出した。


七月から、ずっと持ち歩いてきた封筒。

角がすり切れて、少しやわらかくなっていた。


《退部届》


俺は、それを、みんなの前で、二つに破った。

もう一度、四つに。


紙が破れる音が、静かな部室にひびいた。


「よっしゃあああ!」


小日向が叫んで、鉄平先輩に飛びついた。

先輩は、めずらしく、それをよけなかった。


航平は、窓の外を見ていた。

カバンから、もう一枚の白い封筒を取り出した。菅野先生から返してもらった、自分の退部届だった。


航平は、何も言わずに、それをミロにわたした。


ミロは、きょとんとして、それから、にやっと笑った。


「これ、盗んでいいってこと?」


「……好きにしろ」


ミロは、封筒をびりびりに破いて、紙ふぶきみたいに、部室の天井へ放り投げた。


白い紙きれが、西日の中で、きらきらと舞い落ちた。


「もう一度」


俺は、言った。


「もう一度、十一人で。――いや、十六人で」


部室の窓の外で、一番星がひとつ、光りはじめていた。


十月の選手権予選、一回戦まで、あと十日だった。


話すより先に、まず耳を開く。そんなやさしい時間が、あなたのまわりにもありますように。

第3章「もう一つの異世界チーム」を最後まで読んでいただき、ありがとうございます!

0対8の悔しさを越えて、湊はキャプテンとして大切なことに気づきました。

「続きが気になる」と思っていただけたら、ブックマークや★評価でそっと教えてください。その一つひとつが、次の一手を書く力になります。

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