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異世界から来た七人は、まだボールを知らない――潮見ヶ丘高校サッカー部、最後の十一人  作者: Hamin
第3章 もう一つの異世界チーム

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17話 キャプテン外し

「……父さんだって」


暗いリビングで、俺の声がふるえた。


「父さんだって、ひざこわして、やめたんだろ」


父さんの影が、ぴくりと動いた。


「才能があっても、やめたんだろ。だったら、才能がない俺が続けたって、いいだろ。どうせやめるなら、自分で決める。父さんに決められたくない!」


言ってしまってから、のどの奥が焼けるように熱くなった。


父さんは、何も言わなかった。


暗闇の中で、父さんがどんな顔をしているのか、俺にはわからなかった。

壁の写真――国立競技場でこぶしを突き上げている高校生の写真だけが、窓から差しこむ街灯の光で、ぼんやりと白く浮かんでいた。


俺は、そのまま家を飛び出した。


雨上がりの道は、水たまりだらけだった。スニーカーがびしょびしょになっても、走るのをやめられなかった。


気がつくと、堤防の上にいた。


海は、真っ黒だった。

雲が低くたれこめて、星ひとつ見えない。湿った潮風が、ほてった顔を冷やしていった。


その夜、サフィールは来なかった。


◇ ◇ ◇


次の日の昼休み。

菅野《すがの》先生に呼ばれて、国語準備室に行った。


せまい部屋だった。壁一面の本棚に、古い文学全集がぎっしり並んでいる。紙とほこりのにおいが、少しだけ鼻をくすぐった。


菅野先生は、窓ぎわのいすに座って、湯のみを両手で包んでいた。

窓の外では、雨上がりのイチョウが、少しずつ黄色くなりはじめていた。


「座って」


俺は、先生の向かいのいすに座った。


先生は、湯のみを机に置いてから、まっすぐ俺を見た。


「早瀬くん。一回戦のスタメンから、きみを外そうと思う」


その言葉は、思ったより静かに、胸に落ちてきた。


驚かなかった。

どこかで、わかっていた気がした。


「理由を、言ってもいいかな」


俺は、うなずいた。


「きみは今、チームを見ていない」


先生の声は、やさしかった。でも、まっすぐだった。


「聖覇との試合のとき、ずっときみを見ていた。きみは、誰よりも走って、誰よりも叫んでいた。でも、誰の顔も見ていなかった。宮内《みやうち》くんが足を引きずっていても。戸田《とだ》くんが観客席を見ていても。白石《しらいし》くんが何か言おうとしていても」


先生は、少しだけ言葉を切った。


「……私には、きみが、誰かのために必死に勝とうとしているように見えた。目の前の仲間じゃない、どこか遠くの誰かのために」


俺は、息をのんだ。


先生は、何も知らないはずだった。

七人の世界のことも、負けた道の運命のことも。


それなのに、先生には、見えていた。


「早瀬くん。何を背負っているのかは、きかない。きみが話したくなったら、話してくれればいい」


先生は、湯のみをもう一度、両手で包んだ。


「でも、今のきみは、通訳じゃない。……命令しているだけだ」


それは、俺が、自分でいちばんわかっていることだった。


◇ ◇ ◇


その日の練習で、菅野先生は、一回戦のスタメンを発表した。


俺の名前は、なかった。


キャプテンマークは、そのまま俺の腕に残された。

でも、ピッチに立たないキャプテンなんて、何の意味があるんだろう。


発表のあと、グラウンドは、しんとしていた。


小日向《こひなた》が、何か言いたそうに俺を見て、それから、目をそらした。

奏太《かなた》は、また下を向いていた。


ローデリックが、一歩前に出かけて――サフィールに腕をつかまれて、止まった。


俺は、誰とも目を合わせずに、ボールを拾った。


練習のあいだ、俺は控え組に入った。

声を出さなかった。出せなかった。


グラウンドのまわりの木々から、秋の虫の声が、いつもより大きく聞こえた。


◇ ◇ ◇


夜。


俺は、また学校のグラウンドにいた。


照明は消えていた。月も、雲にかくれている。

暗闇の中で、俺は、部室の壁に向かって、ボールを蹴り続けた。


だん。返ってくる。だん。返ってくる。


ボールが壁に当たる音だけが、からっぽのグラウンドに響いた。


父さんに言われた言葉。

大吾《だいご》の、「知ってたくせに」。

航平《こうへい》の、「俺がいてもいなくても、同じだろ」。

小日向の、「こわいよ」。

菅野先生の、「命令しているだけだ」。


蹴るたびに、ひとつずつ、よみがえった。


足がすべって、ボールがあらぬ方向へ飛んでいった。

暗闇の中に、転がっていく。


俺は、ぬれた芝《しば》の上に、ひざをついた。


「――ここにいたか」


暗闇の向こうから、声がした。


転がっていったボールを、誰かが足で止めた。


ローデリックだった。


◇ ◇ ◇


ローデリックは、ボールを足もとに置いたまま、俺の前に座った。


ぬれた芝の上に、あぐらをかいて。


「サフィールから、聞いた」


ローデリックは、静かに言った。


「アズラクが来た夜のこと。サフィールが、おまえにだけ話して、口止めしたこと。……すまぬ。わたしたちは、おまえに、一番重いものを背負わせてしまった」


俺は、首を横に振った。


「ちがう。背負ったのは、俺だよ。勝手に」


声がつまった。


「みんなが、戦場に送られるって聞いて……俺が勝たせなきゃって。俺がなんとかしなきゃって。それしか、考えられなくなって。気づいたら、航平も、鉄平《てっぺい》先輩も、大吾も……」


言葉が、続かなかった。


ローデリックは、しばらく黙っていた。

ゆっくりと口を開いた。


「ミナト。鉄の国の第一の掟を、覚えているか」


「……己の剣は、己で握れ」


「そうだ。だが、あの掟には、続きがある」


ローデリックは、自分の両手を見つめた。


「騎士団の新兵に、わたしはいつも、こう教えてきた。――己の剣は、己で握れ。だが、仲間の剣まで、一人で握ろうとするな」


俺は、顔を上げた。


「仲間の剣まで握ろうとする者は、両手がふさがる。そして、最後には、自分の剣を落とす」


ローデリックの声は、やさしかった。


「わたしたちの命は、わたしたちのものだ。おまえが一人で背負うものではない。……だが」


ローデリックは、少しだけ笑った。

騎士団長の顔じゃない、十八歳の男子の顔だった。


「ともに戦ってくれるなら、それは、とてもうれしい」


俺の目から、涙がこぼれた。


止めようとしても、止まらなかった。

0対6の日も、0対8の日も、泣かなかったのに。


ローデリックは、何も言わずに、俺の肩に手を置いた。

大きくて、あたたかい手だった。


◇ ◇ ◇


どれくらい、そうしていたかわからない。


気がつくと、雲が切れて、月が顔を出していた。

ぬれたグラウンドが、月明かりで銀色に光っていた。


「ミナト」


ローデリックが、立ち上がりながら言った。


「おまえは、明日から何をする」


俺は、袖で顔をぬぐった。


「……わからない。何から、やり直せばいいのか」


「ならば、タリクに会え」


「タリク?」


「森の国の掟は、こういうときのためにある」


ローデリックは、足もとのボールを、軽く俺のほうへ転がした。


ボールは、ぬれた芝の上を、まっすぐ俺の足もとまで転がってきた。


あの日、パスの出し方も知らなかった騎士団長の、まっすぐなパスだった。


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