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異世界から来た七人は、まだボールを知らない――潮見ヶ丘高校サッカー部、最後の十一人  作者: Hamin
第2章 最強の素人たち

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12/32

11話 初めての練習試合

八月三十日。


県立緑ヶ浜(みどりがはま)高校のグラウンドは、潮見ヶ丘(しおみがおか)よりひと回り広かった。

人工芝が、真夏の日差しを照り返して、ゆらゆらとかげろうを立てている。


「うわ、人工芝だ……」


吉野《よしの》が、スパイクの先で芝をつついた。


緑ヶ浜の選手たちは、もう、ウォーミングアップを始めていた。

二十人以上。全員が同じ色のジャージを着て、同じリズムでステップを踏んでいる。号令がなくても、動きがそろっていた。


去年、俺たちはここで、1対5で負けた。


「スタメンは、変えないでください」


試合の三日前。

そう言ったのは、サフィールだった。


紅白戦のあと、菅野《すがの》先生は、スタメンを見直そうかと俺たちに相談した。そのとき、サフィールがきっぱりと言ったのだ。


「わたしの十一人が、本当にチームではないのか。それを、本物の試合で確かめたい。……確かめないまま捨てたら、わたしは、何も学ばないままだ」


俺は、反対しなかった。

サフィールの目が、本気だったからだ。


だから、今日のスタメンは、七月に発表したとおり。


キーパー、鉄平《てっぺい》先輩。

ディフェンス、ローデリック、ボルグ、大吾《だいご》、ミロ。

中盤、サフィール、タリク、俺。

前線、ゼノ、セリオ、奏太《かなた》。


ベンチには、航平《こうへい》、小日向《こひなた》、西村《にしむら》、吉野、堀《ほり》。


航平は、ベンチの一番はしで、腕を組んでピッチを見ていた。


◇ ◇ ◇


キックオフから八分。

試合は、思いがけない形で動いた。


ペナルティエリアの少し外で、ゼノが倒された。フリーキック。


ボールの前に立ったのは、セリオだった。


緑ヶ浜の選手たちが、ゴール前に壁を作る。五人。キーパーが、大声で位置を指示している。


セリオは、ボールを置くと、ゆっくりと三歩下がった。


あの日と同じだった。

おどおどした目が、すっと細くなる。背中が、まっすぐに伸びる。

グラウンドの音が、セリオのまわりだけ、消えたように見えた。


笛が鳴った。


セリオの右足から放たれたボールは、壁の一番はしの選手の頭上を、髪の毛一本ぶんのすきまで越えた。

そこから、まるで糸で引っぱられたように、すとんと落ちる。


ゴールの左上の、すみ。

キーパーは、一歩も動けなかった。


1対0。


「うそだろ……」


緑ヶ浜のベンチから、声がもれた。


潮見ヶ丘のベンチでは、小日向と吉野と堀が、立ち上がって叫んでいた。


セリオは、自分が蹴ったボールがネットを揺らすのを、ぼうっと見つめていた。

あわてたように振り向いて、サフィールを見た。


サフィールは、小さくうなずいた。


その瞬間、俺は思った。

もしかしたら。

もしかしたら、このまま――。


その考えが甘かったと気づくまで、十分もかからなかった。


◇ ◇ ◇


緑ヶ浜は、すぐに作戦を変えてきた。


セリオにボールが入った瞬間、三人がいっせいに囲みに来る。

セリオのトラップは、まだ下手だ。ボールが足から離れたところを、あっさりと奪われる。


前線のゼノには、二人がぴったりとつく。

ゼノがどれだけ速く動いても、緑ヶ浜の二人は、交代で彼を追いかけた。一人が離されても、もう一人が待っている。


「一人ずつは、たいしたことないのに……!」


ゼノが、いら立った声を上げた。


前半二十五分。

ゼノの足が、止まった。


肩で息をしながら、センターサークルでひざに手をつく。その横を、緑ヶ浜の選手たちが、楽々と駆け抜けていった。


右サイドが、がら空きになった。


緑ヶ浜のフォワードが、ゴールに向かってくる。

ボルグが立ちはだかった。


でも、ボルグは遅かった。


相手の一歩目に、ついていけない。

二歩目で、横に並ばれる。

三歩目で、ボルグは手を伸ばし――相手のユニフォームをつかんで、引きずり倒した。


笛。

ペナルティエリアの、中だった。


PK。


鉄平先輩は、コースを読んで跳んだ。

指先が、ボールにふれた。でも、止められなかった。


1対1。


◇ ◇ ◇


そこから先は、まるで坂道を転がり落ちるようだった。


ローデリックは、一人で守ろうとした。

右に出てきた相手をつぶしに行き、左に出てきた相手もつぶしに行き、そのたびに、彼のいなくなった真ん中が、ぽっかりと空いた。


「ローデリック、真ん中!」


俺は叫んだ。何度も叫んだ。

でも、俺の声は、ローデリックの耳に届く前に、緑ヶ浜の選手たちの声にかき消された。


緑ヶ浜の選手たちは、試合中ずっと、しゃべり続けていた。


「右、来てるぞ!」

「俺、行く! カバー頼む!」

「オッケー、まかせろ!」


当たり前のことだった。

当たり前のことを、当たり前にやっていた。


それが、俺たちにはできていなかった。


前半三十八分。二点目を取られた。

ローデリックが右に引き出されたすきに、真ん中をきれいに崩された。


前半終了まぎわ。

ミロが、相手のペナルティエリアで、わざと倒れた。


主審は、それを見のがさなかった。


「シミュレーション。イエローカード」


ミロにとって、二枚目のイエローだった。

一枚目は、前半の早い時間に、同じように倒れてもらっていた。


赤いカードが、高くかかげられた。


「え……退場? なんで? うまく倒れたのに?」


ミロは、本気でわからないという顔をしていた。


主審は、首を横に振って、ピッチの外を指さした。


◇ ◇ ◇


ハーフタイム。


ロッカールームには、誰の声もなかった。

古い扇風機が首を振るたび、熱い空気がかき混ぜられるだけだった。消毒液と汗の匂いで、息がつまりそうだった。


1対2。十人。


サフィールは、ベンチに座って、ずっと自分の両手を見つめていた。

息は、少しも乱れていなかった。

走れなかったのではない。何度声を出しても、誰にも届かなかったのだ。

前半、サフィールは何度も叫んでいた。「右翼、下がれ」「中央の陣を厚くしろ」――戦の言葉で。日本人の誰も、その意味がわからなかった。


「……サフィールくん、後半は、外から見てみようか」


菅野先生が、静かに声をかけた。


サフィールは、しばらく黙っていた。

小さくうなずいた。


「はい。……わたしの言葉は、この戦場では、誰にも通じていません」


後半、ゼノとサフィールに代わって、航平と小日向が入った。


航平は、ピッチに入るとき、俺の横を通り過ぎながら、ぼそっと言った。


「……やっと出番かよ」


その声には、怒りよりも、どこかあせりがにじんでいた。


◇ ◇ ◇


後半は、日本人の時間になるはずだった。


紅白戦のときみたいに、ボールを回して、三角形を作って――。


でも、うまくいかなかった。


十人では、三角形が作れない。

暑さで、全員の足が重い。

そして何より、俺たちは、まだ「十一人」としてプレーしたことが、一度もなかった。


日本人だけなら、つながる。

七人だけなら、個人で突破できる。


でも、日本人と七人が混ざると、どちらもできなくなった。


航平が動き出しても、ローデリックはそこにパスを出さない。

タリクが絶好のパスを出しても、小日向はそこに走りこんでいない。


言葉が、通じていなかった。


後半二十分に、三点目。

後半三十五分に、四点目。


最後の笛が鳴ったとき、得点板には、こう書かれていた。


緑ヶ浜 4 潮見ヶ丘 1


◇ ◇ ◇


整列のあと。


緑ヶ浜の監督が、菅野先生のところへあいさつに来た。日焼けした、五十歳くらいの男の人だった。


「いやあ、あのフリーキックには驚きました。あの金髪の子、すごいですね。それに、あの足の速い子も、大きいセンターバックの子も」


監督は、気さくに笑いながら言った。

少しだけ声を落とした。


「ただ……失礼ですが、個人はすごいけど、チームじゃないですね」


菅野先生は、深く頭を下げた。


「……おっしゃるとおりです」


その言葉は、少し離れたところにいた俺たちにも、はっきり聞こえた。


ローデリックが、こぶしをにぎりしめた。

ボルグが、自分の手のひらを見つめた。

ミロは、ベンチの裏で、ひざを抱えていた。


サフィールは、誰よりも遠い場所に、一人で立っていた。


帰りのバスの中で、サフィールは一言もしゃべらなかった。

窓の外を、夕暮れの住宅街が流れていく。エアコンの風が、乾いた汗を冷たく冷やした。


学校に着いて、みんながバスを降りたあと。

俺は、座席の上に、一本の鉛筆が落ちているのを見つけた。


サフィールが、いつも戦術ノートを書くのに使っていた鉛筆だった。


真ん中で、二つに折れていた。


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