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【完結】宮廷の星読み姫 ―無自覚天文官は皇帝の恋心を知らない―  作者: 麻倉ロゼ
第五章 「七夕」

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最終話 「七夕と、一等星」

ご覧いただきありがとうございます。

今夜も星澪と承辰の物語をお届けします。

どうぞ最後までお楽しみください。

 承辰しょうしんはゆっくりと、水運儀象台すいうんぎしょうだいの階段を上っていく。


一段。


また一段。


星澪すいれいと過ごしてきた日々を思い返しながら。


やがて最上段へたどり着く。

そこには、星澪が静かに夜空を見上げていた。


その姿を見ただけで、胸の奥が温かなもので満たされていく。


「星澪」


承辰はそっと名を呼んだ。


星澪の肩がぴくりと震え、ゆっくり振り返る。

瞳は揺れ、頬はほんのり桃色に染まっていた。


「……承辰様」


その名を呼ばれた瞬間、抱きしめたい衝動が込み上げる。

だが承辰はぐっと堪え、星澪から少し離れた場所へ腰を下ろした。


二人は何も言わない。

ただ静かに、夜空を見上げる。

流れるのは、心地よい沈黙だけだった。


やがて承辰が口を開く。


「今日は、天の川がよく見えるな」


星澪も空を見上げ、小さく頷く。


「はい。とても綺麗です」


「星澪に初めて教えてもらった星の話も、牽牛けんぎゅう織女しょくじょだったな」


星澪は何も言わず、承辰を見つめる。


「あれから、もう一年か。あっという間だった」


承辰は再び夜空へ視線を戻した。


「流星群」


「中秋の名月」


「星見祭」


「暦」


「彗星」


一つひとつ思い出を数えるたび、

二人で歩んできた時間が胸によみがえる。


承辰はゆっくりと星澪へ向き直った。

自然と目が合う。

夜空よりも、互いの瞳だけを見つめていた。


「この一年。いつだって。星澪が、そばにいてくれた」


小さく息を吐く。


「太史局の地方派遣の件、志願したのか?」


「……昨日、お断りしました」


「そうなのか?」

 予想外の返答に、承辰は目を丸くした。


「国のためには、お受けすべきだと思いました」


「ですが……。承辰様のお側で、

星を読み続けたいと思い、お断りしました」


その言葉に、承辰は息を呑んだ。

承辰は一度だけ、目を閉じた。

そして、真っ直ぐ星澪を見つめた。

 

「聞いてほしいことがある」


「オレは。星澪が好きだ」


「一人の女性として、君が好きだ」


「落ち込む時も。嬉しい時も。

いつだって、オレの中には星澪がいた」


星澪は呆然として聞いていた。

 

「承辰様には、お決まりの方がいらっしゃるとばかり……」


「君の事だ。ずっと、君だけだった」


承辰は真っ直ぐ星澪を見つめた。


星澪の瞳が揺れた。


「私は……」


かすれるような声だった。


「星しか知りません」


「……わかってる」

承辰は優しく微笑む。


その一言に、星澪は胸へ両手を添えた。

鼓動が、静かに高鳴る。


「――でも」


ゆっくりと承辰を見つめる。


「こんなにも。心を奪われるのは」


「星と。承辰様だけです」


今にも泣き出しそうな顔で、星澪は答えた。

その言葉は、静かな夜風に乗って、まっすぐ承辰の胸へ届く。


言葉が出なかった。胸がいっぱいになる。

頭の中も、心も。

ただ星澪への愛おしさだけで満たされ、

全身が震えていた。


承辰は小さく息を吸う。


「……側に行ってもいいか」


「はい」


星澪は優しく頷いた。


承辰はゆっくりと立ち上がる。


一歩。


また一歩。


星澪のもとへ歩み寄り、その隣へ静かに腰を下ろした。

星澪も身体を向ける。

二人の瞳には、もう互いしか映っていなかった。


承辰はそっと手を伸ばす。


「抱きしめても……いいか」


「はい」


その返事を聞いてから。

承辰はそっと星澪を抱き寄せた。


壊れ物を扱うように。

怖がらせないように。

優しく。優しく包み込む。


「怖くないか」


「……大丈夫です」


星澪もそっと腕を伸ばし、承辰の背へ回した。

互いの心臓が。激しく鼓動を打っている。

衣越しにも、それがはっきりと伝わってきた。


(自分だけじゃない)


そう思った瞬間。


込み上げる想いを抑えきれず、二人は自然と、

さらに身を寄せ合った。


承辰は名残惜しそうに腕をほどいた。


「地方天文台に行ってしまうのかと思った。

会うのは一年に一度でいいと言っていたから」


「あれは――!」

星澪は思わず顔を逸らした。

 

「承辰様が次から許可を取ると言われたので!」


「ん?」


「私!承辰様に急に抱きしめられて……」


「あんなにどうにかなりそうになったのは初めてで!

次はいつなのかと考えたら思わず……」


星澪の顔がみるみる赤くなっていき、まつ毛が震えた。

 

「すまない。――でも。そんなふうに想ってくれていたんだな」

思わず笑みがこぼれる。


「もう一度、抱きしめてもいいか?」

「……はい」


そっと引き寄せる。さっきよりも、

星澪の心臓の鼓動が早い。

それだけで、温かい気持ちが満ちていく。


「来年も、星澪と天の川を見たい」

「ご一緒します」


「会えるのが年に一回なんて耐えられない。

オレは毎日でも、星澪に会いたい」

「観測のない日でしたら……毎日でも」

星澪は照れながら小さく頷いた。

星澪らしい返事に、承辰は思わず笑った。


承辰は、そっと額を寄せる。

おでこと、おでこが優しく触れ合った。

二人は思わず笑い合った。

互いの吐息が重なるほど近い距離。


「……星澪」


承辰は愛おしむように、その名を呼ぶ。


「……承辰様」


星澪も、小さく微笑みながら名を呼び返した。


それだけで十分だった。

空には、満天の星空が広がっていた。

天頂には、天の川が静かに流れている。

無数の星々は美しく輝き、夜空を優しく照らしていた。


けれど――。


その星空は、承辰と星澪の目には映っていなかった。

互いだけを見つめる二人には、

すぐ側に――お互いの一等星が、美しく輝いているのだから。




ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

『宮廷の星読み姫』はこれにて完結となります。

星澪と承辰の物語はひとまず一区切りですが、

恋人同士になった二人の今後や、星の話など

書ききれていないお話がまだまだあります。

折を見て続編を書きたいな、と考えています。


もし今後の二人も気になるという方は

ブックマークしていただけると、続編公開時にも

見つけていただきやすいかと思います。


最後までお読みいただき、ありがとうございました。

また次の星空でお会いできますように。

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