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【完結】宮廷の星読み姫 ―無自覚天文官は皇帝の恋心を知らない―  作者: 麻倉ロゼ
第五章 「七夕」

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第三話 「天の川と、巡る時」

ご覧いただきありがとうございます。

今夜も星澪と承辰の物語をお届けします。

どうぞ最後までお楽しみください。

「……嫌われた」


光を失ったような瞳で、承辰しょうしんはぽつりと呟いた。

震える手で承認印を一つ、また一つと書類へ押していく。

その様子を、控えていた文官たちは

気が気ではない様子で見守っていた。


「陛下」


見かねた靖遠せいえんが、わざとらしく咳払いをする。


「しっかりなさいませ」


「……しっかりはしている」


承辰は不貞腐れたように答えた。


(どこがですかな)


靖遠は無言でそう訴えながら、ゆっくりと髭を撫でる。


ようやく最後の書類へ承認印が押されると、

文官たちは安堵の表情を浮かべ、足早に執務の間をあとにした。


静けさが戻る。

承辰は深く息を吐き、小さく呟いた。


「……傷つけてしまったのだろうか」


自分が勝手に、都合よく受け取っていただけなのかもしれない。


「本当は……嫌だったのかも」


自ら口にしたその言葉に、承辰は思わず頭を抱えた。


「陛下」


ここ数日の承辰の浮き沈みを見守ってきた

靖遠も、さすがに限界だった。


「爺から申し上げられることは、一つだけでございます。

相手の気持ちが知りたいのなら、本人に、お聞きなさい」


「そうは言っても……」


承辰は力なく肩を落とす。


今日は、待ちに待った七夕。

ようやく想いを伝えられると、ずっと楽しみにしていた。

だが今は、星澪の気持ちが分からない。

自分の想いだけを、一方的に伝えていいものなのだろうか。


――いや、それ以前に。


「……会ってくれると思うか?」


昨日。『もう、お会いしません』

星澪は、はっきりそう言った。


「はぁ……不安しかない」


久しぶりに漏れた弱音だった。

承辰は顔を覆い、深いため息をつく。


その時だった。


「陛下、失礼いたします」


太史局の長官たちが執務の間へ入り、深々と頭を下げる。

その手には、一巻の巻物が抱えられていた。


「太史局より、本年の地方天文台への派遣者について、

ご裁可を賜りたく参りました」


「地方天文台?」


承辰は顔を上げる。


「はい」


長官は静かに頷いた。


「国内四方に設けられた天文台にございます。

地方の星を観測するとともに、若い天文官を

育てる役目も担っております」


「今年は飢饉の兆しが現れた東方へ、

多くの天文官を派遣する予定でございます」


そう言って巻物を広げる。


派遣先、期間、観測内容――。

承辰は順に目を通した。


「一年も行くのか」


「左様にございます」


さらに視線を走らせた、その時だった。


「……星澪」


思わず、その名を口にしていた。


派遣者の一覧。

その最後に、星澪の名が記されていた。


「星澪が……志願したのか?」


震えそうになる声を、必死に押し殺す。


「星澪殿には、指導役として赴いていただく予定で、候補として――」

「まだ決定ではございませんが――」


長官の説明は、もう耳に入っていなかった。

昨日、星澪は何と言った。


『会うのは、年に一度で十分です』


もし。

あれが本心だったのなら――。


(……いや)


(それでも)


ガタンッ。


承辰は勢いよく立ち上がった。


「靖遠」


「――はっ」


「行ってくる」


迷いのない声だった。


靖遠は静かに一礼する。


「かしこまりました」


承辰は執務の間を飛び出すように駆けていく。

その背中を見送りながら、靖遠は小さく目を細めた。


「ようやく、ご自分の心に正直になられましたな」



天文台へ続く廊下を、承辰は駆け抜ける。

ふと、一年前のことを思い出した。


初めてこの場所を訪れた日。

皇帝としての重圧に押し潰されそうで、自信もなく、

不安ばかりを抱えていた。


少しでも自信がほしかった。

少しでも、その不安を消したかった。

縋るような思いで、星読み姫を訪ねたあの日。


だが今は違う。

胸の奥には、抑えきれないほどの想いが溢れていた。


星を知り。そして、星澪と出会ったことで

知ることができた、かけがえのない幸せ。


承辰は袖から小さな鍵を取り出した。

星図が刻まれた、天文台の鍵。

鍵穴へ静かに差し込み、ゆっくりと回す。

もう幾度となく繰り返してきた動作。

いつしか、それは二人をつなぐ儀式のようになっていた。


静かに門が開く。

その瞬間――

視界いっぱいに、満天の星空が広がった。


「……っ」


思わず息を呑む。

雲ひとつない夜空。

天頂には、光り輝く天の川が悠々と流れていた。


承辰はゆっくりと歩き出した。

傍らを、巨大な天文図の石碑が過ぎる。

その先には、水運儀象台すいうんぎしょうだい

星澪と何度も並んで星を眺めた、大切な場所。


その最上階で。


星澪は静かに夜空を見上げていた。

星明かりに照らされた長い髪は淡く輝き、

その瞳には満天の星々が映っている。


その姿に、承辰は思わず足を止めた。

見惚れるように、そっと息をつく。


そして、一年前。

初めて彼女と出会った夜と同じ言葉が、

自然と唇からこぼれた。


「……織姫みたいだ」

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

また次の夜空で、お会いできたら嬉しいです。

続きが気になりましたら、ブックマークで

見守っていただけますと励みになります。


*平日10時ごろ更新(週5更新)/全21話・8/14完結予定。

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