第二話 「恋の病と、心の答え」
ご覧いただきありがとうございます。
今夜も星澪と承辰の物語をお届けします。
どうぞ最後までお楽しみください。
星澪が、オレのことを――。
そう思うだけで、胸の奥がふわふわと浮き立ち、落ち着かない。
式典や儀式の最中はどうにか平静を保てる。
だが、一息ついた途端、足を滑らせたり、
書物を落としたりと失敗ばかりだった。
「やれやれ……」
靖遠は髭を撫でながら、大きくため息をつく。
「ようやく皇帝らしくなられたと思っておりましたのに」
浮かれきった承辰を横目で見て、もう一度ため息を落とした。
「どうなることやら」
承辰は苦笑した。
ずっと片想いだと思っていた。
想いを伝える前に、相手も自分を想ってくれていると
知ってしまったのだ。
浮かれてしまうのも、無理はない。
明日は七夕。明日、やっと自分の想いを伝えられる。
「今日は……星澪に、会えるかな」
星澪は、あれからほどなくして目を覚ましたらしい。
医師からも「体調は落ち着き、問題なく過ごしております」と報告を受けていた。
「まずは昨日のことを謝らないと」
謝りたい。
そして、顔が見たい。
高鳴る気持ちを抑えきれず、承辰は天文台へ向かった。
*
「会えません!!」
またしても執務室の扉越しにきっぱりと言われ、承辰は頭を抱えた。
「まだ病が続いております!
承辰様にうつしてはいけませんので!」
扉は固く閉ざされたまま、開く気配はない。
承辰は隣に立つ司明へ視線を向けた。
「司明。誰も教えてやってないのか?」
司明は静かに首を振る。
「陛下。こういうことは、本人が気づかなければ意味がありません」
「……まあ、それはそうなんだが」
承辰は小さくため息をついた。
「星澪。昨日は、本当に悪かった」
中は静まり返っている。
「急に抱きしめてしまって。驚かせたよな」
しばらく沈黙が続いたあと、承辰は照れくさそうに続けた。
「今度からは……ちゃんと同意を取る」
返事はない。それでも、扉の向こうで静かに
聞いている気配だけは伝わってきた。
「その……。少しだけでも会えないか?話がしたい」
しばらくして、小さな声が返ってくる。
「……申し訳ございません。病が治るまでは……お会いしません」
承辰は首をかしげた。
「え?」
そして、決定的な一言が続いた。
「会うのは、年に一度で十分です」
「…………え!?」
あまりにも予想外の言葉に、承辰はその場で固まった。
*
承辰はしばらくその場で立ち尽くしていた。
「……嫌われた」
魂が抜けたように肩を落とし、ふらふらと天文台をあとにした。
その背中を見送ると、司明は執務室の扉を軽く叩いた。
「星澪」
静かに扉が開く。そこには、今にも泣き出しそうな
顔をした星澪が立っていた。
「少し外を歩こう」
司明は小さく笑い、星澪を天文台の外へ連れ出した。
外はすっかり日が暮れている。
雲の切れ間から、いくつもの星が静かに瞬いていた。
「今日は雲が多いな」
司明は夜空を見上げる。
「明日は七夕だ。晴れるといいな」
「……はい」
星澪はぼんやりと返事をした。
二人はしばらく、ゆっくりと並んで歩く。
やがて司明がぽつりと口を開いた。
「星澪がここへ来て、もう十八年か。
あの日、師匠が赤ん坊のお前を連れて帰ってきた時は、
天文台中が大騒ぎだった」
司明は立ち止まり、星澪を見つめる。
赤子の頃から共に育ち、共に星を学び、
共に歩んできた、大切な妹分。
星しか知らず、星だけを見つめて
生きてきた星澪が、初めて芽生えた感情に、
ここまで心を乱されている。
「……本当に、大きくなったな」
司明は優しく頭を撫でた。
星澪は困ったように微笑む。
けれど、その笑みはすぐに消えた。
「……どうして」
ぽつりと呟く。
「どうして司明には触れられても、大丈夫なのでしょうか」
司明は静かに耳を傾ける。
「どうして……。あの方だけ。
こんなにも心が落ち着かなくなるのでしょう」
星澪は夜空を見上げる。
そして、ゆっくりとうつむいた。
「どうすれば治るのでしょう。
このままでは天文官としての務めも果たせません」
「星読みもできない私は……。
ここには、いられません」
あまりにも星澪らしい答えだった。
司明は思わず目を丸くする。
(これは……本当に重症だ)
「星澪」
司明は穏やかに言った。
「その病を治せるのは、陛下だけだ」
星澪は驚いて顔を上げる。
「承辰様だけ……?なぜですか?」
承辰様のせいで、こんなにもおかしくなっているのに。
「一度、陛下に会ってみなさい」
その言葉に、星澪は一瞬で頬を赤くした。
「できません!」
慌てて首を振る。
「お会いしないと言いました!こんな姿……見せられません。
きっと承辰様に呆れられます」
そして、小さな声で続けた。
「もし……嫌われてしまったら。私……」
司明は優しく微笑んだ。
「星澪。今まで、お前が見てきた陛下は、
そんなことで失望するようなお方だったか?」
「……」
星澪は胸へ両手を添えた。
約一年。
私は、あの方を見続けてきた。
皇帝としての姿も。承辰様としての姿も。
弱さを見せる時も。強く立ち向かう時も。
私は、ずっと見てきた。
――オレは、星澪を信じている。
――星を信じられるようになったのも、君のおかげだ。
あの言葉が胸によみがえる。
私は。あなたのおかげで。
星だけではなく、
人を信じられるようになった。
胸が切なく締めつけられる。
星澪は胸元で、ぎゅっと手を握った。
司明は静かに口を開く。
「先日、太史局で話に出た件。
その時、お前が心の中で出した答え。
それが、お前自身の答えなんじゃないか」
――私自身の答え。星澪は目を閉じ、
しばらくしてからゆっくり開いた。
「……はい」
柔らかな笑みが、夜空の星明かりに溶けていった。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
また次の夜空で、お会いできたら嬉しいです。
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*平日10時ごろ更新(週5更新)/全21話・8/14完結予定。




