第三話 二度潰れた縁談
杖の細工師は、街道沿いの二階家におります。
一階が仕事場で、削り屑の匂いがいたします。壁には黒檀と籐の軸が、丈の順に立てかけてございました。
「お背をお借りします」
麻紐が背に当たります。床から肩まで一度、それから紐を二つに折って、指先で少し足されました。
「三年前と、二分ほど違います」
「背が縮んだのでしょうか」
「立ち方でございます」
紐を巻きながら、細工師は続けます。
「右へお預けになる癖がついておいでです。そうしますと、こちらの肩が下がる。丈の合わない杖をお使いになりますと、肩と手首に来ます。もうお出になっておいででしょう」
「手首は、少し」
「でしょうな」
三年前に伺ったときは、この方はわたくしの丈を測って、それから「散歩の杖に丈もないものですが」と笑っておいででした。今日は笑っておいでになりません。
わたくしの杖を受け取って、握りの下の銀環を布で拭かれました。それから軸を横にして、目の高さで両端を見比べます。
「軸は良うございます。まだ二十年は保ちます」
「そうですか」
「丈だけ詰めれば、今日にでも」
わたくしは黙っておりました。
隣の椅子で、リディアが壁の籐の軸を見上げております。細いものから太いものまで、七本並んでおりました。
「今日は、やめておきます」
老人が顔を上げました。
「お合いになりませんが」
「ええ」
「今のままでは、遠出はなさらないほうが」
「存じております」
細工師は何も仰らずに、麻紐を引き出しへ戻されます。長く商売をしておいでの方は、理由をお聞きになりません。
帰りぎわ、石突だけ見ていただきました。
「あと二月でございますな」
「持ちますか」
「平らなところだけをお歩きになれば」
外に出ますと、風が北から来ておりました。
リディアは荷袋を持って、わたくしの右側を歩きます。杖の側でございます。この子はいつからか、そちらを歩くようになりました。
「お姉様。なんで詰めなかったの」
「まだ、丈が決まりませんから」
「決まってるでしょ。今、測ってもらったのに」
「これから変わります」
リディアは足を止めました。
わたくしも止まりました。石突が土を噛んで、少し沈みます。
「変わるって、良くなるってこと」
「分かりません」
「じゃあ」
「歩く量が変わりますから、立ち方も変わります。それが落ち着いてからにいたします」
妹はしばらくわたくしの顔を見ておりました。それから、荷袋を持ち替えて、また歩き出しました。
坂の途中に、教会の掲示板がございます。婚礼と葬儀の告知が貼ってあって、季節ごとに入れ替わります。
リディアがそこで足を止めました。
「これ、ソレル家」
「ええ」
「二年前に、うちに話が来てたところ」
わたくしは掲示を見ました。ソレル家の三男と、隣領の娘。来月の婚礼でございます。
「そうでしたかしら」
「来てた。父様が受けるつもりでいた」
「なぜ、なくなったの」
リディアは掲示から目を離しませんでした。
「先方から断りが来たの。半月で」
「理由は」
「言わなかった。父様も聞かなかった」
風が掲示の端をめくって、また戻しました。
「去年のヴァルド家も、同じ」
「ヴァルド家」
「秋に話が来て、冬に消えた。あのときお姉様、屋根裏にいた」
わたくしは、その冬を思い出します。ギルバート様のご一族が北の狩り場へ行かれて、三日のあいだに二度、猟犬が暴れました。わたくしは屋敷に残っておりましたが、発つ前に握った分が、日を置いて出てまいります。
三日目の夜に、寝台から下りられなくなりました。医者を呼ぶのは断りました。呼べば、理由を聞かれます。
「知りませんでした」
「言ってない。お姉様、脚が動かなかったから」
リディアは掲示板から離れて、坂の下を向きました。
「お姉様が握っていた三年、うちには誰も来ませんでした」
言い方に、責める調子はございませんでした。天気の話をするのと同じ速さでございます。この子はそういう言い方を選びます。
「誰も、というのは」
「うちに縁談を持ってくる家。三年で二軒。どっちも半月ともたなかった」
「理由を、あなたは聞いたの」
リディアはうなずきました。
「ヴァルド家の侍女に聞いた。フェイの女は、嫁ぐと相手の家の凶を吸うって」
石突の先が、土の中で止まりました。
「そういう話になってるって。だから、家が傾く前に返せって」
「誰が、そう言っているの」
「分からない。侍女も、聞いた話だって言ってた」
坂の下から荷馬車が上がってまいります。わたくしたちは道の端へ寄りました。車輪が石を踏んで、水たまりの泥を跳ねました。
過ぎたあとも、しばらく黙っておりました。泥が裾に点々と付いております。リディアが自分の袖で拭こうとしましたので、断りました。
「お姉様」
「はい」
「怒ってる」
「いいえ」
本当でございます。
わたくしは腹を立てておりませんでした。腹を立てるには、相手が要ります。噂には相手がおりません。
ただ、順序が分かりました。
わたくしがハーストのお家の凶を引き受けているあいだ、フェイの家の名にはその話がついておりました。吸う女、と呼ばれるのは、吸っていることを誰かが知っているからでございます。
三年、わたくしはそれを知らないでおりました。
いいえ。
屋根裏の窓から、下の門を眺めていた日がございます。二度、馬車が来て、二度、短い時間で帰っていきました。門の前で父が頭を下げております。あの背中を、わたくしは見ておりました。
見て、そのまま窓を離れました。
リディアが荷袋を持ち替えます。
「お姉様、遅れてる」
「ええ。ゆっくり参ります」
「うん」
妹は歩調を落として、また右側に並びました。
その噂を、わたくしは三年間、知らないふりをしておりました。




