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あなたの不運を引き受けるのは今日までです。明日からはあなたのものです  作者: 九葉(くずは)


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3/10

第三話 二度潰れた縁談

杖の細工師は、街道沿いの二階家におります。


一階が仕事場で、削り屑の匂いがいたします。壁には黒檀と籐の軸が、丈の順に立てかけてございました。


「お背をお借りします」


麻紐が背に当たります。床から肩まで一度、それから紐を二つに折って、指先で少し足されました。


「三年前と、二分ほど違います」


「背が縮んだのでしょうか」


「立ち方でございます」


紐を巻きながら、細工師は続けます。


「右へお預けになる癖がついておいでです。そうしますと、こちらの肩が下がる。丈の合わない杖をお使いになりますと、肩と手首に来ます。もうお出になっておいででしょう」


「手首は、少し」


「でしょうな」


三年前に伺ったときは、この方はわたくしの丈を測って、それから「散歩の杖に丈もないものですが」と笑っておいででした。今日は笑っておいでになりません。


わたくしの杖を受け取って、握りの下の銀環を布で拭かれました。それから軸を横にして、目の高さで両端を見比べます。


「軸は良うございます。まだ二十年は保ちます」


「そうですか」


「丈だけ詰めれば、今日にでも」


わたくしは黙っておりました。


隣の椅子で、リディアが壁の籐の軸を見上げております。細いものから太いものまで、七本並んでおりました。


「今日は、やめておきます」


老人が顔を上げました。


「お合いになりませんが」


「ええ」


「今のままでは、遠出はなさらないほうが」


「存じております」


細工師は何も仰らずに、麻紐を引き出しへ戻されます。長く商売をしておいでの方は、理由をお聞きになりません。


帰りぎわ、石突だけ見ていただきました。


「あと二月でございますな」


「持ちますか」


「平らなところだけをお歩きになれば」


外に出ますと、風が北から来ておりました。


リディアは荷袋を持って、わたくしの右側を歩きます。杖の側でございます。この子はいつからか、そちらを歩くようになりました。


「お姉様。なんで詰めなかったの」


「まだ、丈が決まりませんから」


「決まってるでしょ。今、測ってもらったのに」


「これから変わります」


リディアは足を止めました。


わたくしも止まりました。石突が土を噛んで、少し沈みます。


「変わるって、良くなるってこと」


「分かりません」


「じゃあ」


「歩く量が変わりますから、立ち方も変わります。それが落ち着いてからにいたします」


妹はしばらくわたくしの顔を見ておりました。それから、荷袋を持ち替えて、また歩き出しました。


坂の途中に、教会の掲示板がございます。婚礼と葬儀の告知が貼ってあって、季節ごとに入れ替わります。


リディアがそこで足を止めました。


「これ、ソレル家」


「ええ」


「二年前に、うちに話が来てたところ」


わたくしは掲示を見ました。ソレル家の三男と、隣領の娘。来月の婚礼でございます。


「そうでしたかしら」


「来てた。父様が受けるつもりでいた」


「なぜ、なくなったの」


リディアは掲示から目を離しませんでした。


「先方から断りが来たの。半月で」


「理由は」


「言わなかった。父様も聞かなかった」


風が掲示の端をめくって、また戻しました。


「去年のヴァルド家も、同じ」


「ヴァルド家」


「秋に話が来て、冬に消えた。あのときお姉様、屋根裏にいた」


わたくしは、その冬を思い出します。ギルバート様のご一族が北の狩り場へ行かれて、三日のあいだに二度、猟犬が暴れました。わたくしは屋敷に残っておりましたが、発つ前に握った分が、日を置いて出てまいります。


三日目の夜に、寝台から下りられなくなりました。医者を呼ぶのは断りました。呼べば、理由を聞かれます。


「知りませんでした」


「言ってない。お姉様、脚が動かなかったから」


リディアは掲示板から離れて、坂の下を向きました。


「お姉様が握っていた三年、うちには誰も来ませんでした」


言い方に、責める調子はございませんでした。天気の話をするのと同じ速さでございます。この子はそういう言い方を選びます。


「誰も、というのは」


「うちに縁談を持ってくる家。三年で二軒。どっちも半月ともたなかった」


「理由を、あなたは聞いたの」


リディアはうなずきました。


「ヴァルド家の侍女に聞いた。フェイの女は、嫁ぐと相手の家の凶を吸うって」


石突の先が、土の中で止まりました。


「そういう話になってるって。だから、家が傾く前に返せって」


「誰が、そう言っているの」


「分からない。侍女も、聞いた話だって言ってた」


坂の下から荷馬車が上がってまいります。わたくしたちは道の端へ寄りました。車輪が石を踏んで、水たまりの泥を跳ねました。


過ぎたあとも、しばらく黙っておりました。泥が裾に点々と付いております。リディアが自分の袖で拭こうとしましたので、断りました。


「お姉様」


「はい」


「怒ってる」


「いいえ」


本当でございます。


わたくしは腹を立てておりませんでした。腹を立てるには、相手が要ります。噂には相手がおりません。


ただ、順序が分かりました。


わたくしがハーストのお家の凶を引き受けているあいだ、フェイの家の名にはその話がついておりました。吸う女、と呼ばれるのは、吸っていることを誰かが知っているからでございます。


三年、わたくしはそれを知らないでおりました。


いいえ。


屋根裏の窓から、下の門を眺めていた日がございます。二度、馬車が来て、二度、短い時間で帰っていきました。門の前で父が頭を下げております。あの背中を、わたくしは見ておりました。


見て、そのまま窓を離れました。


リディアが荷袋を持ち替えます。


「お姉様、遅れてる」


「ええ。ゆっくり参ります」


「うん」


妹は歩調を落として、また右側に並びました。


その噂を、わたくしは三年間、知らないふりをしておりました。

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