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スラムの孤児は慎ましく生きたい~大賢者の遺産を継いだけど、救世主にはなりません~  作者: 鳥助
第二章

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9.迷宮都市ファルムズ

 晴天に恵まれた空の下、ホウキに乗って空を飛ぶ。頬を撫でる風はひんやりとしていて、どこまでも広がる青空が胸を軽くしてくれる。


 眼下には森や草原が流れるように過ぎ去り、その景色を見ているだけで心が躍った。


 最初は怖かった空の旅も、今ではすっかりお気に入りだ。地面を歩くよりずっと自由で、世界そのものが広がったように感じる。


「そろそろ、見えるはずだけど……」


 ホウキの先端に座ったエルリカが、前方を細めた目で見つめながら呟く。目的地も決めずに町を出たと思っていたけれど、どうやらエルリカには最初から当てがあったらしい。


 私たちが向かっているのは、迷宮都市ファルムズ。


 巨大なダンジョンを中心に築かれた都市で、大陸中から冒険者や商人、職人たちが集まる場所だという。人口は十万人を超え、昼夜を問わず人の流れが絶えないらしい。


 ファルムズの地下には、異世界迷宮と呼ばれる超巨大ダンジョンが存在している。様々な世界に繋がっていて全容は未だに解明されていない。


 迷宮の中では魔物が絶えず湧き出し、希少な素材、古代文明の遺物まで発見されるという。そのため、一攫千金を夢見る冒険者たちが後を絶たない。


 新人冒険者でも挑戦できるが、世界の端に行けば危険度は跳ね上がる。強力な魔物だけでなく、毒霧が漂う毒沼や、罠だらけのお城などがあり、迷宮そのものが形を変える不可思議な現象まで存在すると言われていた。


 それでも人が集まるのは、迷宮が莫大な富を生み出すからだ。


 ダンジョンから採れる魔石は街の魔道具や照明の動力になり、希少鉱石は武器や防具に加工される。珍しい素材を求めて商人が集まり、武器屋や宿屋、治療院まで乱立している。迷宮都市ファルムズは、まさにダンジョンによって成り立つ巨大都市だった。


 おじいさんが旅をしていた頃にも訪れたことがあるらしく、「活気だけなら王都にも負けん」とエルリカに話していたらしい。


 各地から人が集まる場所だからこそ、身元の分からない流れ者も珍しくない。だから、よそ者の私でも受け入れられやすい。そう考えて、エルリカは移住先にこの都市を選んだのだった。


「あっ! リマ、見えてきたよ!」


 エルリカが手を向けた方向、地平線に人工物が見えてきた。近づくと、その巨大さが分かる。


「凄く、大きい!」


 今まで眼下で見下ろしてきた町に比べると数十倍も広い。城壁が何層にもなって広がり、その中には様々な大小様々な建物が建っていた。


「今も町は拡大中らしいよ。新しい城壁を建設して、その内側に建物を建ててっていう感じで広げているらしいよ」


「そうなんだ!」


 城壁が増えるって、中々の規模だ。そんな大きな町にこれから行こうとなると、緊張と期待で心臓がドキドキする。


 近づけば近づくほど、迷宮都市ファルムズの大きさが現実味を帯びてくる。


 高い城壁の外側にも人の姿が見えた。荷馬車の列が街道を埋め、商人らしき人たちが忙しそうに行き交っている。遠目にも分かるほど活気に溢れていて、まるで巨大な生き物みたいだった。


 空から見下ろしているだけなのに、胸がそわそわする。


「……人、多そう」


「多いよー。迷宮都市だからね。冒険者だけじゃなくて、商人、職人、傭兵、貴族まで来るらしいし」


「貴族まで……」


 思わず肩が縮こまる。


 私は元々、スラムで生きていた孤児だ。豪華な服を着た人を見るだけでも緊張してしまう。そんな人たちが普通に歩いている場所で、本当にやっていけるんだろうか。


 もし、変に目を付けられたら。もし、また居場所を失ったら。そんな不安が胸の奥をよぎる。


 でも、それと同じくらい。いや、それ以上に期待もあった。ここなら、新しい人生を始められるかもしれない。


 スラムで怯えながら生きていた頃とは違う。おじいさんの遺産があって、魔法も使えて、エルリカも一緒にいる。前みたいに、ただ今日を生き延びるだけじゃない。


 自分で稼いで、自分の家に帰って、温かいご飯を食べて。そんな普通の暮らしを、今度こそ手に入れられるかもしれなかった。


 胸の前で、ぎゅっと手を握る。


「……うん。頑張ろう」


 誰に聞かせるでもなく、小さく呟く。不安は消えない。それでも、一歩踏み出さなきゃ何も始まらない。


 広大な迷宮都市を見つめながら、私は期待と緊張が入り混じる胸の鼓動を感じていた。


 ◇


 城門に続く列に並ぶ。前には何十人もの人が並び、隣の列では馬車が何十台も止まっている。


 列は止まることなく前に進み、私の出番が近づいてきた。前の人を見ると、何事もなく通過しているみたいだ。


 普通の子供に見えるなら、私だって普通に通れるはず。そう自分に言い聞かせていると、自分の番が来た。


 門兵が見守る中、体を少しだけ縮こませて、前に進む。そして、門兵の隣を通り過ぎると――何事もなかった。


 よ、良かった……怪しい人に見られなくて。ホッと安心しながら、城壁を通り過ぎていく。城壁を通り過ぎると、そこは広い空き地がある場所だった。


「何もない?」


「ここはまだ建設途中さ。町の中心部に行かないと」


「そっか」


 新しく出来た地区なのだろう。建っている家はまばらだ。その通りを真っすぐ進んでいき、しばらくするともう一つの城壁が見えてきた。


 もう一つの城壁をくぐった瞬間、景色が一変した。


「わぁ……っ」


 思わず声が漏れる。


 さっきまでの建設途中の地区とは違い、そこには沢山の建物が立ち並んでいた。石造りの建物が隙間なく並び、二階、三階建ての建物も珍しくない。看板を掲げた店がずらりと続き、人々が絶え間なく行き交っている。


 広い大通りには、数え切れないほどの人が歩いていた。


 大剣を背負った冒険者。重そうな荷物を運ぶ商人。ローブ姿の魔法使い。獣人や耳の長い種族までいて、今まで見たこともない光景が広がっている。


 まるで別世界だ。


「す、凄い……」


 思わず立ち止まってしまう。耳に飛び込んでくるのは、人々の話し声だけじゃない。


「焼きたて串焼きだよーっ!」


「迷宮産の薬草入荷したぞー!」


「安いよ安いよ! 今日だけの値段だ!」


 通りの端には露店がずらりと並び、店主たちが大声で客を呼び込んでいる。


 香ばしい肉の匂い。甘い果物の香り。香辛料の刺激的な匂いまで混ざり合って、鼻の奥をくすぐった。


 鉄を打つ音が遠くから響き、どこかでは楽器の演奏まで聞こえる。町そのものが騒がしく、生きているみたいだった。


「これが……迷宮都市……」


 スラムの狭く薄暗い路地とは何もかも違う。


 みんな忙しそうに歩いていて、活気に満ちている。ここには仕事があって、お金が動いて、人が集まって――世界が回っている。そんな感じがした。


 キョロキョロと辺りを見回していると、エルリカがクスッと笑う。


「ふふっ、田舎者みたいになってるよ?」


「だ、だって凄いんだもん……!」


 こんな場所、初めて見る。通りを歩いているだけなのに、胸が高鳴って仕方がなかった。


 一方で、人の多さに少しだけ怖さも感じる。


 もし、この人混みの中で迷ったら。もし、悪い人に目を付けられたら。そんな考えが頭をよぎって、エルリカを抱き上げてギュッとした。


「大丈夫だよ」


 エルリカは振り返って、安心させるように笑う。


「ファルムズには色んな人がいる。だから、リマみたいな子が一人いても、誰も気にしないよ」


「……うん」


 その言葉に少しだけ肩の力が抜けた。大丈夫。ここならきっと、やり直せる。


 賑やかな迷宮都市の大通りを歩きながら、私は期待と不安を胸に、新しい生活への第一歩を踏み出した。

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