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スラムの孤児は慎ましく生きたい~大賢者の遺産を継いだけど、救世主にはなりません~  作者: 鳥助
第一章

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8.旅立ち

「うん。リマ、似合っているよ」


「そ、そうかな? ちゃんとした服を着たのは初めてだから……」


「クラフト装置があってよかった。そうじゃなかったら、リマの服装が裸足でシャツのままだったからね。先に作っておけば良かったね」


 ガラス瓶を作った装置を使って、私の服と靴を作ってもらった。材料を入れて、イメージを転写するだけで簡単に出来てしまう魔道具。


 お陰で私は普通のワンピースと靴を履かせてもらった。こんなにちゃんとした物を身に着けるのは初めてで、なんだかそわそわする。


「着心地はどう?」


「……うん、とても良いよ。本当に私が着てもいいのかって不安になるくらいに良い物だよ」


「クラフト装置もイメージっていう限界があるから、お金が貯まったらお店で買うといいよ。それまではこれで我慢してね」


「ありがとう、エルリカ。私……普通の人になったみたいで嬉しい」


 いつも着ていたボロ服とは大違いの服と靴。いつか着てみたいと思っていたから、とても嬉しい。


「これで、リマが他の町に行っても普通の子供にしか見えない。物乞いに見えないから、きっと受け入れてくれるはずだよ」


 自信満々にそう言われると、少しだけ自信が付く。物乞いだった私は薄汚れて、裸足で、ボロ服をまとっていた。だけど今は、ちゃんとした靴や服を着て、肌も髪も綺麗だ。普通の人のように見えるから、受け入れてくれそうだ。


 エルリカが提案してくれた、他の町への移住。この町では私は物乞いのリマとして有名になっているから生き辛い。だから、他の町に移って新しい生活を始めた方がいいと言われた。


 確かに、この町では私は物乞いのリマだった。どれだけ綺麗な服を着ても、どれだけちゃんとしていても、顔を見られれば思い出される。


 卑しい子。恵んでもらって生きている子。そう言われ続けてきた。


 だけど、別の町なら違うかもしれない。誰も私を知らない場所なら、普通の子供として見てもらえるかもしれない。


「新しい町……」


 小さく呟く。もし上手くいけば、物乞いをしなくていい。ちゃんと仕事をして、お金を稼いで、普通に暮らせる。


 朝に起きて、ご飯を食べて、働いて、夜に眠る。そんな普通の毎日。


 それに、ここで作ったポーションだって売れるかもしれない。物乞いのリマだと知られていなければ、ちゃんと見てもらえる可能性がある。


「……うん。良いこと、いっぱいあるかも」


 少しだけ希望が見えてきた。だけど、その気持ちと同時に、不安も湧いてくる。


「でも……本当に出来るのかな」


「ん?」


「私、まだ十歳だよ? そんな子供が、一人で別の町に行って、ちゃんと生活出来るのかなって……」


 今までだって、生きるだけで必死だった。仕事だって物乞いか、ゴミ漁りやドブさらいくらいしかしたことがない。まともな働き方なんて知らない。


 それに、新しい町に行ったって、結局子供なのは変わらない。子供が一人で、どんなことが出来るのだろう。


 考えれば考えるほど、胸の中に不安が溜まっていく。普通になりたい。普通に暮らしたい。でも、普通って、思っていたより難しいのかもしれない。


 黙り込む私を見て、エルリカもしっぽをゆっくり揺らした。


「……確かに、小さな子供が新しい町で一人で生きるのは簡単じゃないよ」


「やっぱり……」


「でもね、リマは完全に一人じゃない」


 エルリカが私の足に体を擦り寄せる。


「箱庭がある。食べ物もある。寝る場所もある。もし失敗しても、野宿をする必要はないんだよ」


「あっ……」


 その言葉に、少しだけ肩の力が抜けた。そうだ。前みたいに、今日食べる物がないわけじゃない。雨の中で震える必要もない。それだけでも、前とは全然違う。


「それに、リマには引き継いだ技術や魔法だってある。ポーションを作れたでしょ?」


「……でも、売れなかった」


「この町ではね。でも、他の町なら違う。少なくとも、物乞いのリマって理由だけで追い返されたりはしないはずだよ」


 エルリカは真っ直ぐに私を見上げる。


「最初から上手くやろうとしなくていいんだ。少しずつでいい。リマはもう、生き延びるだけじゃなくて、生活することを考えられる場所に来たんだから」


 生活する。今までは違った。毎日、生き残るだけで精一杯だった。明日のことなんて考える余裕もなかった。


 だけど、今は違う。未来のことを考えられる。どう生きたいかを考えられる。それだけで、少しだけ世界が変わった気がした。


「うん、頑張ってみる」


 ◇


「じゃあ、この町から旅立とう。そのホウキに乗って」


 誰もいない路地に戻ると、エルリカが一本のホウキを差し出してきた。


 木目の綺麗な柄に、黒い枝葉のような穂先。どこか古びているのに、不思議と大事に使われてきたことが伝わってくる。


「これ……?」


「ケンジが作った飛行魔道具さ。魔力を流せば、空を飛べるよ」


「そ、空……!?」


 思わずホウキを見つめる。空を飛ぶなんて、おとぎ話の中だけだと思っていた。


「ほら、跨って」


「う、うん……」


 恐る恐るホウキに跨る。すると、エルリカがぴょんっと軽やかに先端へ飛び乗った。


「じゃあ、魔力を流してみて。浮かぶイメージをするんだ」


 言われた通り、手に意識を集中させる。体の奥にある不思議な力を感じ取り、それをホウキへ流し込んだ。


 すると――ふわり、と。


「わっ!?」


 体が浮いた。ホウキが地面からゆっくり離れ、宙に浮かび上がる。足の裏から地面の感覚が消え、思わずホウキをぎゅっと掴んだ。


「す、凄い……!」


「その調子。そのまま少しずつ上へ」


 ドキドキしながら意識を向ける。すると、ホウキは私の気持ちに応えるみたいに、ゆっくりと空へ昇り始めた。


 路地を抜ける。建物の屋根を越える。いつも見上げていた景色が、どんどん下へ遠ざかっていく。


「……あっ」


 気づけば、町全体が見えていた。入り組んだ路地。小さな家々。人で賑わう通り。遠くに見える城壁。


 ずっと大きいと思っていた町が、空から見ると箱庭みたいに小さい。


 さらにホウキは上昇する。鳥たちがすぐ近くを横切り、風が髪を揺らした。


 見上げれば、どこまでも青い空。見渡せば、果てしなく続く大地。森も、川も、遠くの山々も全部見える。


「わぁぁ……!」


 胸が高鳴る。知らない世界が、こんなに広かったなんて。


 今までの私は、狭い路地しか知らなかった。毎日同じ場所で、同じ景色を見て、生きるだけで精一杯だった。


 だけど今は違う。


 世界はこんなにも広くて、空はこんなにも高い。知らない町があって、知らない人がいて、知らない景色がある。


 そこに、私の居場所もあるかもしれない。


「リマ、怖い?」


 前に乗るエルリカが振り返る。私は風を感じながら、小さく首を振った。


「……ううん。ちょっと怖いけど……それより、楽しみ」


 胸の奥がぽかぽかする。不安はある。失敗するかもしれない。上手くいかないこともあると思う。


 それでも――今は前に進みたかった。


「行こう、エルリカ!」


「うん、新しい生活へ!」


 ホウキが空を駆ける。そして私は、生まれて初めて――未来へ向かって飛び立った。

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