46.不正の証拠の使い様
不正の証拠を押収した私たちは、次の行動に移った。
この証拠をそのまま町の役人へ提出してしまうと、握り潰される可能性がある。ベルネルゼ商会は迷宮都市でも最大規模の商会だ。当然、役人の中にも繋がりを持つ者がいても不思議ではない。
だからこそ、まずは第三者を介して証拠を表に出す必要がある――そうエルリカは話していた。
「その第三者って、誰なの?」
「迷宮都市で二番目に大きい商会だよ」
「二番目の商会?」
思わず首を傾げる。どうして二番目なんだろう。
「ベルネルゼ商会は長年、この町の一番を維持してきた。でも、二番目の商会からすれば、それはずっと目の上のたんこぶなんだ」
「つまり、ライバルってこと?」
「その通り。きっと今までも追い抜こうと何度も挑戦してきたはず。でも、決定打がなくて勝てなかった」
エルリカはニヤリと笑う。
「だからこそ、この証拠が決定打になる。ベルネルゼ商会の不正を暴き、失脚させられるだけの材料が揃っているんだ。こんな好機を見逃す商人はいないよ」
「じゃあ、その商会なら動いてくれるんだね」
「もちろん。商人は利益に敏感だからね。一番を蹴落とせる絶好の機会なんて、向こうからすれば喉から手が出るほど欲しいはずだよ」
ベルネルゼ商会が倒れれば、その空いた取引先や顧客、職人たちは行き場を失う。そして、それを受け入れられるのは、同じ規模を持つ二番目の商会くらいしかない。
つまり、不正を暴くことは正義であると同時に、二番目の商会にとっては大きな利益にも繋がる。
「利害が一致しているってことだね」
「そういうこと。だから私たちは証拠を渡すだけでいい。あとは向こうが、自分たちの利益のために全力で動いてくれるはずだよ」
なるほど……。確かに、それなら役人へ直接持ち込むよりもずっと確実かもしれない。私は二番目の商会へ向かって歩き始めた。
◇
私はフードのあるローブを着て透過の魔法を使って透明になり、二番目の商会であるハイビスク商会の建物に入った。一番偉い人が居そうな上階に行き、その部屋を透過してみた。
すると、その部屋には偉そうな人ともう一人の人がいた。これなら、話を聞いてくれそうだ。
「透過をしたまま部屋に入って、それから透過の魔法を消して。あとは、私が上手く話してあげる」
「分かった」
作戦を確認して、私は扉を開けた。すると、部屋にいた二人は驚いた顔をしてこちらを見ている。
「ど、どういうことだ? 扉が勝手に……」
「もしかしたら、刺客でしょうか……。会長、後ろにお下がりください」
戸惑っている二人に近づき、エルリカの合図があったので透過の魔法を解除する。
「なっ!? 人が!」
「会長の命を狙ってきたか!?」
「大丈夫、刺客じゃないよ。いい話を持ってきただけだから」
「ね、猫が……喋った?」
肩に乗っていたエルリカがいつもの調子で話し始める。
「まず結論から言うね。ベルネルゼ商会の不正の証拠を掴んできたよ」
その話に二人の表情が一変する。それもそうだ、突拍子もない話なのだから。
「リマ」
「うん」
私は空間収納に手をかざし、次々と書類を取り出して机の上へ並べた。契約書、帳簿、取引記録、職人を縛る契約書類。机の上はあっという間に大量の書類で埋め尽くされた。
「……これは」
会長らしき男性が一枚手に取り、目を通す。隣にいた執事らしき男性も別の書類を手に取り、黙って読み始めた。
二人ともページをめくるたびに表情が険しくなっていく。
「おい……これ……」
「信じられません……」
「これらは……本物か?」
「本物だよ」
エルリカはあっさり頷く。
「ベルネルゼ商会に潜入して取ってきたものだからね」
「潜入……?」
「ほら」
そう言うと、私は透過の魔法を発動した。身体がゆっくりと透明になっていく。
「なっ!?」
「姿が……消えた!?」
驚く二人の前で、私は再び魔法を解除する。
「こうして透明になれるから、建物への出入りくらい簡単なんだよ。鍵も魔法で開けられるしね。だから書類も全部、本物。偽物を作る必要なんてないでしょ?」
二人は互いに信じられないと言った顔をして見合わせる。
透明になる魔法。大量の内部資料。どちらも目の前で見せられてしまえば、疑いようがなかった。
「それでこの証拠を使って、ベルネルゼ商会を潰してほしい」
「……」
「そっちとしても、一番の商会がいなくなれば嬉しいでしょ?」
部屋に静寂が流れる。なんだか、重苦しい空気だ。これは交渉が上手くいっていると言っていいのだろうか?
やがて会長は慎重に口を開いた。
「……君たちの目的は何だ?」
「目的?」
「これだけの証拠を我々に渡す理由だ。何か見返りを求めるつもりではないのか?」
その問いに、エルリカは真っ直ぐ会長を見返した。
「目的は一つだけ――ベルネルゼ商会の廃業だよ」
二人は黙って続きを待った。
「あの商会には、このままのさばられると私たちにとって不都合なことがある。だから、一日でも早く潰してほしい。それだけ」
「金も名誉も要求しない、と?」
「うん。全部あげる。その代わり、確実に仕留めて」
会長は腕を組み、深く考え込む。隣の男性も小声で何かを話しかけ、二人はしばらく言葉を交わした。
部屋には重い沈黙だけが流れる。やがて会長は決意したように顔を上げた。
「……分かった」
その声には迷いがなかった。
「この証拠は我々が預かる。そして、ベルネルゼ商会の不正を公にし、必ず潰す」
「約束してくれる?」
「ああ。商人として約束しよう」
その言葉を聞き、エルリカは満足そうに頷いた。
「よかった。これで安心だね」
そう言って踵を返そうとしたその時、エルリカがふと思い出したように振り返る。
「あっ、そうだ。一つだけ忠告」
にこりと笑う。けれど、その笑みとは裏腹に声は冷えていた。
「もし上手くいかなかったら……その時は、この商会がどうなるか分からないからね」
えっ、ここで脅すの? 私が驚き、二人の表情が強張る。エルリカはそれ以上何も言わず、私に目配せした。
「リマ」
「うん」
私は透過の魔法を発動する。身体が再び透明になり、そのままエルリカとともに部屋から静かに姿を消した。




