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スラムの孤児は慎ましく生きたい~大賢者の遺産を継いだけど、救世主にはなりません~  作者: 鳥助
第五章

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46.不正の証拠の使い様

 不正の証拠を押収した私たちは、次の行動に移った。


 この証拠をそのまま町の役人へ提出してしまうと、握り潰される可能性がある。ベルネルゼ商会は迷宮都市でも最大規模の商会だ。当然、役人の中にも繋がりを持つ者がいても不思議ではない。


 だからこそ、まずは第三者を介して証拠を表に出す必要がある――そうエルリカは話していた。


「その第三者って、誰なの?」


「迷宮都市で二番目に大きい商会だよ」


「二番目の商会?」


 思わず首を傾げる。どうして二番目なんだろう。


「ベルネルゼ商会は長年、この町の一番を維持してきた。でも、二番目の商会からすれば、それはずっと目の上のたんこぶなんだ」


「つまり、ライバルってこと?」


「その通り。きっと今までも追い抜こうと何度も挑戦してきたはず。でも、決定打がなくて勝てなかった」


 エルリカはニヤリと笑う。


「だからこそ、この証拠が決定打になる。ベルネルゼ商会の不正を暴き、失脚させられるだけの材料が揃っているんだ。こんな好機を見逃す商人はいないよ」


「じゃあ、その商会なら動いてくれるんだね」


「もちろん。商人は利益に敏感だからね。一番を蹴落とせる絶好の機会なんて、向こうからすれば喉から手が出るほど欲しいはずだよ」


 ベルネルゼ商会が倒れれば、その空いた取引先や顧客、職人たちは行き場を失う。そして、それを受け入れられるのは、同じ規模を持つ二番目の商会くらいしかない。


 つまり、不正を暴くことは正義であると同時に、二番目の商会にとっては大きな利益にも繋がる。


「利害が一致しているってことだね」


「そういうこと。だから私たちは証拠を渡すだけでいい。あとは向こうが、自分たちの利益のために全力で動いてくれるはずだよ」


 なるほど……。確かに、それなら役人へ直接持ち込むよりもずっと確実かもしれない。私は二番目の商会へ向かって歩き始めた。


 ◇


 私はフードのあるローブを着て透過の魔法を使って透明になり、二番目の商会であるハイビスク商会の建物に入った。一番偉い人が居そうな上階に行き、その部屋を透過してみた。


 すると、その部屋には偉そうな人ともう一人の人がいた。これなら、話を聞いてくれそうだ。


「透過をしたまま部屋に入って、それから透過の魔法を消して。あとは、私が上手く話してあげる」


「分かった」


 作戦を確認して、私は扉を開けた。すると、部屋にいた二人は驚いた顔をしてこちらを見ている。


「ど、どういうことだ? 扉が勝手に……」


「もしかしたら、刺客でしょうか……。会長、後ろにお下がりください」


 戸惑っている二人に近づき、エルリカの合図があったので透過の魔法を解除する。


「なっ!? 人が!」


「会長の命を狙ってきたか!?」


「大丈夫、刺客じゃないよ。いい話を持ってきただけだから」


「ね、猫が……喋った?」


 肩に乗っていたエルリカがいつもの調子で話し始める。


「まず結論から言うね。ベルネルゼ商会の不正の証拠を掴んできたよ」


 その話に二人の表情が一変する。それもそうだ、突拍子もない話なのだから。


「リマ」


「うん」


 私は空間収納に手をかざし、次々と書類を取り出して机の上へ並べた。契約書、帳簿、取引記録、職人を縛る契約書類。机の上はあっという間に大量の書類で埋め尽くされた。


「……これは」


 会長らしき男性が一枚手に取り、目を通す。隣にいた執事らしき男性も別の書類を手に取り、黙って読み始めた。


 二人ともページをめくるたびに表情が険しくなっていく。


「おい……これ……」


「信じられません……」


「これらは……本物か?」


「本物だよ」


 エルリカはあっさり頷く。


「ベルネルゼ商会に潜入して取ってきたものだからね」


「潜入……?」


「ほら」


 そう言うと、私は透過の魔法を発動した。身体がゆっくりと透明になっていく。


「なっ!?」


「姿が……消えた!?」


 驚く二人の前で、私は再び魔法を解除する。


「こうして透明になれるから、建物への出入りくらい簡単なんだよ。鍵も魔法で開けられるしね。だから書類も全部、本物。偽物を作る必要なんてないでしょ?」


 二人は互いに信じられないと言った顔をして見合わせる。


 透明になる魔法。大量の内部資料。どちらも目の前で見せられてしまえば、疑いようがなかった。


「それでこの証拠を使って、ベルネルゼ商会を潰してほしい」


「……」


「そっちとしても、一番の商会がいなくなれば嬉しいでしょ?」


 部屋に静寂が流れる。なんだか、重苦しい空気だ。これは交渉が上手くいっていると言っていいのだろうか?


 やがて会長は慎重に口を開いた。


「……君たちの目的は何だ?」


「目的?」


「これだけの証拠を我々に渡す理由だ。何か見返りを求めるつもりではないのか?」


 その問いに、エルリカは真っ直ぐ会長を見返した。


「目的は一つだけ――ベルネルゼ商会の廃業だよ」


 二人は黙って続きを待った。


「あの商会には、このままのさばられると私たちにとって不都合なことがある。だから、一日でも早く潰してほしい。それだけ」


「金も名誉も要求しない、と?」


「うん。全部あげる。その代わり、確実に仕留めて」


 会長は腕を組み、深く考え込む。隣の男性も小声で何かを話しかけ、二人はしばらく言葉を交わした。


 部屋には重い沈黙だけが流れる。やがて会長は決意したように顔を上げた。


「……分かった」


 その声には迷いがなかった。


「この証拠は我々が預かる。そして、ベルネルゼ商会の不正を公にし、必ず潰す」


「約束してくれる?」


「ああ。商人として約束しよう」


 その言葉を聞き、エルリカは満足そうに頷いた。


「よかった。これで安心だね」


 そう言って踵を返そうとしたその時、エルリカがふと思い出したように振り返る。


「あっ、そうだ。一つだけ忠告」


 にこりと笑う。けれど、その笑みとは裏腹に声は冷えていた。


「もし上手くいかなかったら……その時は、この商会がどうなるか分からないからね」


 えっ、ここで脅すの? 私が驚き、二人の表情が強張る。エルリカはそれ以上何も言わず、私に目配せした。


「リマ」


「うん」


 私は透過の魔法を発動する。身体が再び透明になり、そのままエルリカとともに部屋から静かに姿を消した。

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