43.守った代償(1)
みんなと一緒にダンジョンへ潜り、素材を採取して町へ戻れば、他愛もないお喋りに花を咲かせる。屋台で焼き串や甘いお菓子を買って食べながら笑い合う、そんな何気ない時間が何よりも楽しかった。
翌日は箱庭の家に籠り、のんびりとポーション作りに励む。
完成したポーションを銀奏の屋根へ納品すると、ミレナお姉さんが温かく迎えてくれる。
仕事の話をしたり、新しい薬草について教えてもらったり、ときにはお茶を飲みながら世間話に花を咲かせたり。
気づけば、帰る時間が惜しくなるほど、そのひとときは心地よいものになっていた。
スラムで生きていた頃は、明日を迎えられるかどうかだけを考えていた。お腹を空かせないよう必死に物乞いをして、誰かに頼るしか生きる力がなかった。少しでも油断すれば理不尽に殴られることだって珍しくなかった。
だからこそ、今の毎日は夢みたいだった。
安心して眠れる家がある。一緒に笑い合える仲間がいる。自分の作ったポーションを喜んでくれる人がいる。温かいお茶を飲みながら、何気ない話で笑い合える相手がいる。
そんな当たり前の毎日が、私にとっては何よりもかけがえのない宝物だった。ずっと、この時間が続けばいい。心の底から、そう願っていた。
◇
「ミレナお姉さん、こんにちは!」
元気よく声を出して、お店の中に入る。カウンターに一直線に向かうと、そこにはミレナお姉さんがいた。だけど、こちらには気づかない。
頭を抱えて、辛そうにしていたから。
「ミレナお姉さん? どうしたんですか?」
「えっ、あぁ……ごめんなさい。リマちゃん、来てたのね」
尋ねてみると、笑ってくれた。だけど、その笑顔に力がない。何かが頭から離れていないような、そんな感じだ。
その後、ミレナお姉さんはお店の奥へと私を連れていき、そこでポーションの納品を済ませた。普通ならここで雑談をするのだが、ミレナお姉さんは辛そうに顔を歪めるだけだった。
「今日は体調が悪いんですか?」
「え、えぇ……そうなのよ。ちょっと、働きすぎたのかしら。ごめんなさい、今日はお茶を出せそうもないわ」
「いえ、大丈夫です。もし、辛そうなら少しお手伝いしますか?」
「えっ!? いや、リマちゃんにそんなことはさせられないわ! そしたら、リマちゃんにも危険が!」
「……危険?」
危険ってどういうことだろうか? 不思議に思って尋ねると、ミレナお姉さんが「しまった!」という顔をして気まずそうにした。
「えっと、ちょっと危ない冒険者が来たのよ。だから、お店にリマちゃんがいると、嫌な気持ちにさせてしまうから」
「そんな人が来てたんですね……。何か、協力出来ることがあればいいのですけれど……」
「大丈夫、気にしないで。リマちゃんはいつも通りでいいから」
そう、笑ってくれたけれど……やっぱりいつもの笑顔じゃない。それ以上、話を聞くような雰囲気ではなかったため、私はお店を出ようとした。
「――リマちゃんは必ず守るからね」
そんな言葉が聞こえたような気がした。
◇
ミレナお姉さんのことで不安が大きくなる。何もなければいいのだけれど。そう思って、再びお店へと入った。
「ミレナお姉さん、こんにち――」
カウンターにいき、挨拶をしようとすると――言葉が詰まった。
「いらっしゃい、リマちゃん」
笑顔のミレナお姉さんの頬が赤くなっていて、少し腫れあがっていた。
「ど、どうしたんですか!? その頬!」
「頬? ……いたっ」
まるで、気づいていないかのように頬を触った。今気づいたかのように、戸惑った顔になる。
「あっ、こ、これは……多分ちょっとぶつかったせいよ」
言葉を濁しながらそういうけれど、赤く腫れあがっている部分が人の手のように見えた。どうみても、ぶつかった怪我ではない。
「私のポーションで治してください!」
「えっ? いや、それは大事な商品だし……そういう訳には……」
「私が心配なんです。その……迷惑ですか?」
私のこの気持ちはお節介で迷惑なのかもしれないけれど、その怪我は放っておけない。真剣な目で見つめてポーションを差し出す。
「……ありがとう。でも、これは私が買い取らせてもらうわね」
「早く飲んでください」
そういうと、ミレナお姉さんはポーションを飲み干した。すると、頬の腫れと赤みがスゥっと消えていく。
「……どうですか?」
「えぇ、痛みはなくなったみたいだわ。リマちゃんに心配かけてしまってごめんなさい」
「でも、一体どうしたんですか?」
「えっと……ちょっとお客さんの喧嘩になっちゃったのよ。本当にそれだけだから、気にしないで」
何でもない。そう言いたいような態度だ。明らかに私には関わって欲しくない様子に見える。
「何か力になれることはありますか?」
「大丈夫よ。お客さんと関わっていれば、いずれこういうこともあるのよ。だから、平気よ」
にっこりと笑って、心配しないようにしてくれる。だけど、前の事もあったし心配だ。でも、私に一体何が出来るのだろうか?
「ポーションを持ってきてくれたんでしょ? お店の奥で受け取るから、一緒に行きましょう」
ミレナお姉さんがいつも通りに対応してくれる。それが、少しだけひっかかった。やっぱり、何か隠している。
その後も、それとなく話を聞き出そうとした。けれど、ミレナお姉さんは「大丈夫だから」の一点張りだった。
笑顔を崩さず、いつも通りに振る舞う。その笑顔が優しいからこそ、胸が苦しくなる。絶対に何かを隠している。
だけど、それ以上踏み込ませないように、優しく線を引いているのも伝わってきた。
「……じゃあ、また来ますね」
「えぇ。またいつでもおいで」
最後まで笑顔で手を振るミレナお姉さんに見送られ、私は銀奏の屋根を後にした。
店を出ても、足取りは重い。胸の奥に引っかかった小さな棘が、どうしても取れなかった。
何かがおかしい。何か、大変なことが起きている。そんな気がしてならない。
それでも、本人が話してくれない以上、無理に聞き出すことはできなかった。
私にできることなんて、きっと何もない。そう自分に言い聞かせながら、家路につく。その日の夕暮れは、やけに空が赤かった。
まるで、嫌なことが起きる前触れのように。
そして数日後――私は、その「何もできない」という考えを、心の底から後悔することになる。




